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【如月サツキさんから】ローラの憂鬱

  友情、愛情、その他多くのものをこの街は育んできた。訪れるものすべてを優しく包み込む空気がここには存在する。その素敵な街はエンフィールドと呼ばれていた。

  このエンフィールドには、100年もの長き眠りについていた少女がいた。当時の不治の病にかかり、医療技術の未発達のため治療は不可能と診断された。それを聞き、悲しんだ両親は幾年か先の未来にその病の治療法が確立されることを願い、泣く泣く彼女に眠りの魔法をかけたのだった。

  それから100年後、その病は注射一本で治るようになっていた。少女はジョートショップの青年に力を借りて眠りから覚め、名医トーヤ・クラウドの治療のおかげもあり、たちどころに回復し、今では元気に生活できるようになっていた。

  しかし、100年もの長き眠りは彼女からすべてのものを奪い去っていた。仲のいい友達も、愛すべき両親もいなかったのだ。

 だが、彼女は元気だった。失ったものは確かにあるが、それ以上に得たものも大きかった。

そう、今、彼女は最高のものを手に入れていた。恋人と言う名の宝物を...。

 

 

ローラの憂鬱

 

 

第一章 さくら亭にて

 

 

 夕刻、街は仕事帰りや買い物の人々で賑やかだった。笑い声、怒声、客引きの声など、様々な声が風にのって聞こえてくる。エンフィールドは、今日もいつもと変わらぬ様子を見せていた。

 2月のバレンタイン騒動もようやく落ち着きを見せはじめ、季節は春を迎えようとしていた。

自警団。エンフィールドの街をさまざまな面で支える団体。その一つである第三部隊。街の人々の暮らしをより良くするための、いってしまえば雑務引き受け部隊である。その部隊長はカインという青年であった。

 カインといえばどういう人物かと聞かれれば、たいていの人は仕事第一の人で、どんなときでも仕事を忘れることができない、と答える。だからといって、遊ばないかといえばそうでもないのだが、部隊長に就任したてなためか、本人は遊ぶよりは仕事をしなければという気持ちが強いようである。配属された団員たちもそれに触発されてか、いつもどおりなのか、カインとともに職務に精を出す毎日だった。

そんなカインも人並みに恋愛もしたいようであるが、八方美人的な性格が災いしたのか、先のバレンタインでは大変な目にあっている。今ではあの惨劇(周囲の友人にすれば喜劇だが)も収拾し、ようやく一人の愛でるべき存在を手にいれることができた。

 

「...というわけなの。お兄ちゃん、今日も会いに来てくれないんだよぉ。ひどいと思わない?」

「仕方ないわよ。カインだって忙しいし、いろいろ事情があるんだから......」

「それはわかってるよ。だけど...。む~~」

不満を述べているのは、100年の眠り姫、ローラ.ニューフィールドであった。若干14歳のこの少女がカインの恋人であった。3月、部隊存続の可否をめぐる部隊編成会議が行われていた最中、ローラは過去に患っていた病を再発させ、数日入院したのだった。病気再発の当日、ローラとデートをしていたカインが彼女を病院まで運び、一時も離れることなくそばで看病し続けた。そんなカインにローラは、「ずっとそばにいて欲しい」と告白した。形のうえでは、カインはローラのそばにいることが多かったが、実際に付き合い始めたのはついこの間のことなのである。

  だが、今現在、カインはローラと会う時間さえ削って公務に精を出している。カインは恋愛よりも仕事を優先させる性格だということを彼女は知っていたが、やはり会えない寂しさというものは日に日に大きくなっていくものである。まして、付き合い始めたばかりとあっては、一緒にいることができないのは苦痛ですらあった。すでに我慢は限界に近づいていた。

「まぁ、もう少しここで待っててみなさい。きっといいことがあるからさ」

  そう言ってくれたのはさくら亭の看板娘、パティ・ソールであった。最近、ローラは時間が空いた時は必ずといっていいほどここを訪れ、そしてパティに愚痴をこぼしていくのだった。

 それを見かねてか、パティはあることを思いついたのだった。

「なぁに、そのいいことって?」

「いいから、いいから......」

  パティは軽く微笑んで厨房に入っていってしまった。

「もう、パティちゃんたら......」

  膨れっ面になりながらも、何が起こるのかをドキドキしながら待ち始めた。そんなところが彼女のいいところであろう。

 

「ストーーーップ!! アル、分かったから手を放せ」

「やだね。久々に飯をおごってやろうって言ってるんだ。ほら、行くぞ!」

「だからって、無理やり引っ張らなくなっていいだろう!」

「こうでもしなきゃ来ようとしないだろ。いいから、入れ!」

「わっ!!」

  カインは背中に蹴りを入れられ、突き飛ばされるようにさくら亭へ入っていった。蹴りが少々強すぎたのか、体勢を立て直すことが出来ずに床に倒れ込む。

「あら、カイン。いらっしゃい」

「...この状況を見て、いつもどおりの挨拶ができるお前がすごいよ」

「よっ、約束どおり来たぜ」

「サンキュ、アルベルト」

  アルベルトとカインが入ってきたことを確認し、いつもの挨拶を交わす。カインは倒れ込んだ時に擦った顔をさすりながら起き上がった。

「いたた。お前は手加減ってものを知らないのか?おかげで腕をすりむいたじゃないか......」

「お前が素直にならないからだろう。それに、小さいことは気にするなって」

 それでも納得のいかないカインは、まだぶつぶつとつぶやいていたが、それを無視してパティが注文を取りに二人に近づいた。

「注文は?」

「そうだな、俺はアイスコーヒーでいいや」

「えっと、俺は...」

「あぁ、カインはいいのよ。そのまま待ってて」

  そういうと、パティはアルベルトにその場を任せてカウンターに戻っていく。戻る前のパティの表情が少し気になったカインだが、長く気にすることもなく、アルベルトと仕事の話を始めようとした。

「ちょっとまてよ、せっかく飯食いに来てるんだから仕事のことは忘れろよ」

「そういうわけにもいかないんだよ。部隊編成の報告書の提出期限も近いし、いろんな事務が溜まってるんだ。お前にも手伝ってもらわなきゃいけなくなるくらいにな...」

「それはわかってるから、今だけは仕事のこと忘れろ!」

「お待たせ!アルベルトはアイスコーヒーだったわね」

「あぁ、サンキュー」

「んで、カインはこっちにいらっしゃい」

「えっ?」

 ほんの一瞬だけ、アルベルトとパティは視線を交わし、作戦の発動を確認した。かたや、カインはわけもわからぬまま、パティの後についてカウンターへと向かっていく。そして、カウンターに到着すると、どこかで見たことのある人物を見つけた。

「えっ?あれっ?」

 何が起こっているのか分かっていないのはカインとその人物くらいであろう。全てはアルベルトとパティが仕組んだものだったのだ。

「もう、パティちゃんたら話の途中でいなくなっちゃうんだもん」

「しょうがないじゃない、仕事なんだから。それより後ろを向いてごらん」

「えっ?なになに?」

 その声を聞いたとたん、カインはそれが誰なのかを思い出した。会いたくても、会いに行けなかった人、ローラだということに。

 そして、振り向いたローラは...。

「えっ?お兄ちゃん?」

「よ、よう...」

 カインもそうだが、ローラも突然の出来事(ではなく仕組まれたものだが)に目を丸くし、言葉が出てこない状態だった。

「と、いうわけだ」

 そういって、二人に近づいてきたのはアイスコーヒーを飲み干したアルベルトだった。

「今日と明日の仕事は俺が全部引き受けてやるよ。たまには息抜きでもしてこい」

「ローラといっしょにね」

「へっ?」

 カインはようやく状況判断が可能になり、ローラを見つめた。彼女もからかわれていたことにようやく気付き、あわててパティに文句を言っていたが、その表情は喜びに満ち溢れていた。

 それを見たカインは大きく、静かに一つ溜め息をはき、とりあえずは立ち上がった。アルベルトに文句でも言ってやろうかとも一瞬考えたが、今はやめておき、すぐさまローラの手をとり、笑顔をつくった。そして......。

「ローラ、どこに行きたい?」

 

 

第二章            陽の当たる公園で

 

 

 翌日。

エンフィールドは今日も快晴である。日差しもやわらかく、外にいるのが気持ちいいと思えるような日だった。

そんな日の昼下がり。アルベルトとパティの策略(?)にまんまと引っ掛かったカインではあったが、たまの息抜きも良いものだと思い始めていた。だが、恋愛よりも仕事を優先させる性分なので、仕事を放り出してデートを満喫できるとは思えなかった。

「もう、お兄ちゃんたら......」

「えっ?」

「もう、何にも聞いてなかったのぉ?」

「あっ......えぇっと......ごめん」

「もう、しょうがないなぁ。もう一度聞くね」

 そう言えば、自分は今、ローラとデートしている最中だったなぁとのんきに考えるのはカインらしいといえばらしいのだが......。

「そろそろお腹すいてきたんだけど、お昼ご飯はどこで食べる?」

 そう言われてみれば、昼食を取った覚えがない。昨日の夕食も気がつけば自宅でローラと作って食べていた。アルベルトにおごってもらうはずだったのになぁ、とカインは心の中でつぶやいた。とりあえずは、昼食をどうするかを考えたほうが良さそうだ。

「この時間じゃさくら亭は込んでるだろうしなぁ。どこか希望の場所はあるか?」

「ラ・ルナもいいかなって思ったけど、たまには日の当たる公園で食べない?」

「って言う事は、どこかで買えばいいわけだ。公園内に売店があるはずだから、そこで買うか。」

「うん!」

  ローラは嬉しそうな顔をして、カインの手を引っ張る。つられてカインも笑みをこぼす。はたから見れば仲のよい兄妹が散歩をしているようにも思えただろう。しかし、カインも今や町中に知られた人物であり、ローラはその恋人であるという事も知っていたので、道行く人はみな笑顔で二人を眺めていた。

「そう言えば、お前に会うのは久しぶりだけど、どのくらい会ってなかったんだ?」

「二週間よ。お兄ちゃん、忙しい忙しいって、会う時間も作ってくれなかったんだから」

「悪い。部隊編成で忙しくってな。団長もまだ不在のままだし......」

  前団長のベケットが突然辞職し、姿を消してしまって以来、自警団団長の席は空いたままである。幾度となく編成会議が行われ、誰を団長にするか、討議が続いている。

「団長さん、どこに行っちゃったのかしらね?」

「さぁな。どこかの国で傭兵として雇われたといううわさは聞いたことがあるが、実際ど

  うしているのやら......」

  団長を辞職に追い込んだ張本人はのんきにそう答え、小さくあくびをすた。

「いい天気だな......」

  春のやわらかな日差しと、ふたりだけの特別な雰囲気が彼らを包み込んでいた。

 

ディアーナ!」

「はい。なんでしょうか、先生」

 クラウド医院で働きながら医療を学んでいる愛弟子(?)を呼ぶのは、トーヤ・クラウドであった。医療に関しては近隣の街を含め、彼の右に出るものはいないとされている。そのトーヤが困惑の表情を浮かべている。

「至急、ローラを探してきてくれないか?大変なことになった」

「ローラちゃんに何かあったんですか?」

「今は時間が無い。後で説明するから早く行ってこい!」

「は、はいぃ......」

 こんなに焦りを感じている先生は初めてだ。そう思いながらも、怒気から逃げるように猛ダッシュで医院を飛び出していくディアーナであった。

 

 

第三章            再発した病

 

 

 カランカラン......

「あら、ディアーナ。いらっしゃい。」

「パティさん、ローラさんを見ませんでした?」

「ローラ?あいつだったら、今ごろデートの真っ最中だぜ」

 まださくら亭にいたアルベルトがそう答えた。パティもそれにうなずく。

「あの、どこにいるか分かりませんか?」

「さぁな。せっかく二人きりになるんだからって、行き先は聞いてないなぁ......」

「そうね...。でも、ローラのことだから、ローズレイクとか、陽の当たる公園とかじゃないかな?」

「わかりました。どうもありがとう」

 そう言い残し、一目散に店を出ていくディアーナを見て、2人は首をかしげた。

「いつもあんな感じだけど、今日はちょっと違ったわね」

「あぁ、何か焦ってたな。とはいえ、あいつがいるんだから何の問題もないだろうけどな」

「そうね。ところで、アルベルト。あんたはどうなのかしら?」

「な、なんのことだ?」

「アリサおばさまのことよ。ちょっとは聞かせなさいよ」

「そ、そんなことどうでもいいだろう。」

「あはは、なに顔赤くしてるのよ。かっわいぃ。ねぇねぇ、どうなってるの?」

 こうして、さくら亭のなかでも恋話談議は続くがこれはまた別のお話である。

 

 さて、陽の当たる公園で日向ぼっこを続けていた2人はローラの提案でローズレイクへと移動しているところであった。途中、教会の前でセリーヌと出会い、特製ジュースを作ってもらったり、子どもたちと遊んだりと、なかなか楽しんでいる様子だった。

 遊び疲れたカインが、休憩しようと腰を下ろしたとき、ローラがカインの顔を見て微笑んでいた。

「お兄ちゃん。いい表情かおしてるね」

「そうか?いつも通りのような気もするんだが......」

「ううん、素敵な笑顔だよ。さっきまで仕事のせいだと思うけど少し疲れた顔してたんだよ。たま

にはこうやって息抜きしないと、そのうち倒れちゃうよ。それが心配だなぁ」

「そうか。ローラがそう言うんなら間違いないだろうな」

「私は、お兄ちゃんに会えない時はいっつも心配してるんだからね」

「そういえば、アルがそんなこと言ってたな。毎日心配してるぞって」

「うっ、アルベルトさんたら......」

「ははは、照れるなって。本当はおれもお前と一緒にいたいと思っているんだから」

 さっきまでのやさしい顔とは違い、仕事に忠実な第三部隊の隊長としての表情が浮かぶ。

「だけどな、今は部隊長として頑張らなきゃいけない時期だと思うんだ。俺が今の役に就いてまだ

1ヵ月も経っちゃいない。おまけにまだ部隊の人員だって、まだ確保できてないからなぁ」

「他の部隊から何人か引っ張ってこれないのかな?」

「そうだなぁ。他の部隊にはそれぞれの仕事があるし、余剰人員もいるとは思えないけど...。申請

だけはしておくかな」

 そして、再び立ち上がったカインは大きく伸びをした。春の優しい風が彼を包み込んでいく。

「ちょっとのどが渇いたな。ローラ、何か飲みたいものはあるか?」

「ストリベリーミルクがいいなぁ」

「了解。それではしばしお待ちください、お姫様」

 そんな冗談を言うのもめずらしいと思いつつも、悪い気のしないローラであった。笑顔を見せつつ、売店へと走っていくカインの後ろ姿をじっと眺めていた。が、それは突然やってきた。

「な、なに?」

 体の奥から、湧き上がるように、突然熱が生じ体中に襲いかかる。ひどい寒気を感じ、彼女はその場にうずくまってしまった。しかし、この感じを彼女は忘れていなかった。

「なんで?病気は治ったはずなのに......」

 今の体を取り戻したときも、そして数週間前にもトーヤに治療してもらい、完全に回復したはずだった。否、そう思っていた。だが、彼女を襲っていた病魔は未だに消えてはおらず、その猛威を再び振るい始めている。

「お...にい...ちゃん......」

 激しい頭痛と熱により頭がボーッとしてきた。彼女は愛する人が戻ってくるまで倒れまいと必死に抵抗を続けた。が、どこへ行ったのか、カインはすぐには戻ってこなかった。

「た、たすけて...お......にい...ちゃん」

 とうとう気力も尽き、倒れ込んでしまった。春の風と花の香りだけが彼女のまわりに残っていた。

 

 

第4章             不安と絶望の中で

 

 

「カインさん。捜しましたよぉ」

「ん?」

  売店で買い物をしていたカインは、突然背後から大声をかけられたが、驚く様子も、振り替える必要もなく声の主に返事をする。

ディアーナ、こんにちは。何か事件でもあったのかい?」

 代金を払いつつ、背後にいるディアーナにそう問い掛ける。ディアーナからは見えないが、カインは満面の笑みを浮かべていた。愛しいローラのことを考えると、そうなるらしい。だが、それが一瞬にして凍りつくような出来事が起きていることを、この時はまだ知るはずもなかった。

「カインさん、ローラさんは何処ですか?」

「ローラ? 今からあいつのところに戻るから一緒に行くか?」

「大至急お願いします!!」

 いつも以上の慌て振りに、何かおかしいと感じたカインは何事が生じたのか尋ねてみた。

「ローラさんの病気が再発する危険性があるということで、先生からすぐに病院につれて

 くるように言われてるんですぅ。」

「なっ!あっ、いや......。でも、あいつの病気は完全に治ったはずじゃ......」

「そのはずだったんですけど......。とりあえず、今はローラちゃんの所へ」

「わかった。急ごう」

  急に胸騒ぎを覚え、不安を増大させつつ、ローラの所へ急いで戻っていく。そんなカインを見ながら、ディアーナも暗い雰囲気に飲み込まれつつあった。

 

「ローラ!」

  ようやく彼女の待つ場所へと戻ってきた二人が見たものは、苦しそうにうなされているローラの姿であった。あの日と同じ状況。カインの脳裏にそれが思い出されてくる。

 ただ、今回は多少時間が経っている。これ以上時間をロスするわけには行かない。

ディアーナ。すぐにトーヤの所へいくから、先に戻って治療の準備を始めててくれ」

「はい、わかりました!」

  医院へと戻っていくディアーナを軽く見送り、すぐさまローラを抱きあげる。彼女の体は熱くほてり、病気の激しさが伝わってくる。カインは、彼女を優しく抱え、クラウド医院へと走り出した。

「ローラ、大丈夫だよ。俺がずっとそばにいるから。だから...だから、絶対に治るんだぞ!」

  苦しそうな表情を変えないローラに向かい、カインは何度もそう呼びかけた。かつての両親と同じく、カインにとっても、ローラは失ってはいけない存在になっていた。そして、彼は自分の限界を超えるかのように走りつづけた。ただひたすらに、愛すべき人の事を思いながら......。

 

  数分後、トーヤの所についたカインはローラを診察台におろすと同時に倒れ込んだ。限界以上の力を出した反動で、意識を失っただけであったので隣の部屋で寝かされる事となった。意識を失う前に、一言だけつぶやいていた。「ローラを助けてくれ」と。

「カインさん、すごいですね」

「まぁ、それだけローラを思っているという事だろう。それより、治療を始めるぞ。これ以上ぐず

ぐずしていると危険なことになる。そうなったら、こいつに申し訳ないからな」

 珍しく、トーヤが微笑を浮かべながらカインを眺めてそうつぶやく。そんな師匠を眺めながら、愛弟子のほうもいつも以上にやる気を出していた。

「はい、先生。カインさんのためにも、頑張ってローラさんの病気を治してあげましょう!」

  今の病状と発病してからのタイムロスを考えれば、確かに時間がない。まさしく時間との戦いになった。

「確かにいつもの薬を使えば現在の病状は抑える事が出来るようだが、完全な治療にはどうやら至

らないようだな。」

「じゃぁ、どうすればいいんですか?」

 トーヤは疑問を持っていた。この病気は再発する可能性などなかったはずである。また、仮に再発したとしても、ここまで症状がひどくなることなど考えられないことであった。では、なぜここまで深刻なことになったのか。これは、トーヤだけでなく、すべての医者が抱えるであろう問題であった。

「カインとゆっくり話す必要があるな」

 

 

第5章 トーヤの思惑・カインの気持ち

 

 

 トーヤが導き出した答えは、物理的な処方では完全な治療は不可能であるということだった。その話をカインが目覚めたあと、彼に告げた。

「じゃぁ、あいつの病気は完治しないということなのか?」

「いや、そんなことはない。要は、お前次第なんだ」

「俺次第って、どういうことなんだ?」

 先ほどのトーヤが発言にもあったが、物理的な治療は不可能であるが、治療が不可能であるということではない。彼女の病気が再発したのは、彼女自身が自分はまだ病気が完全には治りきっていないと思いこんでいるからだという。以前、再発したのがその原因となっているようだが、根本的な原因は両親をなくしているショックと、一人になってしまうのではないかという恐怖が彼女を未だに束縛しているからではないかということである。

「じゃぁ、その恐怖をなくしてやればいいんだな」

「しかし、それには長い時間がかかるし、何より、今のローラはお前と会えないことでストレスが

たまっている。精神的な負担というものは肉体的な負担よりはるかに体を蝕む。それゆえ、彼女

の支えになるにはそれなりの覚悟がいる」

「あいつのためだったら俺はなんでもする。そう決めた。そう約束したから......」

 それを聞いたトーヤは小さくうなずいた。

「では、俺からひとつ提案しよう。お前たち、結婚しろとまでは言わんが、いっしょに暮らしてみ

たらどうだ?」

「へっ?」

「どうせ、いつかは結婚するつもりだろうし、ローラにとってはお前が帰ってくる場所にいるのが

一番いいと思うんだ。彼女にとっては悪いことではないと思うんだが...」

 トーヤの言葉に呆然とするカインだが、そんな彼を無視して、トーヤはローラの病室に入っていった。

「ローラ、具合はどうだ?」

 そのとき、ローラも体調が回復し、起きあがることができるようになっていた。

「先生、私の病気は治らないの?」

「そうだな、簡単には治らないかもしれない。だが、良い薬はあるぞ」

「そっか、ドクターでも簡単には治せない病気なんだね。ところで、その薬って?」

あいつだよ」

 そういって、呆然としつづけているカインを指差した。

「詳しいことはあいつに聞け。それと、とりあえず今日はここで休め。明日になったら帰っていい

ぞ」

 そう言って、トーヤは病室を後にした。残ったのはカインとローラだけである。

 しばらくの間、カインとローラは言葉を発することなく、見つめ合っていた。時々、カインが恥ずかしそうに目をそらしたりしていたが、二人ともが自然な笑顔で見つめ合っていた。そして、くすくすと笑い出した。

「久々だな、こうやってお前をじっと見つめているのは...」

「前に私が倒れたときに、ずっとそばにいてくれたとき以来かな?」

「そんなに経つのか...」

 そう言うと、カインの表情が硬くなった。そして、真剣な眼差しでローラを見つめた。

「ローラ。あのな......」

 そうこまで言うと、言葉を詰まらせ、頬を赤く染めてしまった。ローラはそれを不思議そうに見ていた。

「あの......、えっと......。つまりだ。お前の病気なんだけど、すぐに完治するということはな

いそうだ。ただ、時間と条件が合えば、治るということらしい」

「そっか。そうなんだ。良かった」

「で、その条件なんだけどな......」

 

 

最終章 悠久なる誓い

 

 

「起きろぉ!朝だぞぉ!!」

 セント・ウィンザー教会の敷地内に立てられた小さな家。その家の小さな窓から入ってくる優しい春の日差しが頬をなでる。小鳥のさえずりも心地よく聞こえてくる。

「カイン、いつまでも寝てると遅刻するぞ」

「ん~~、あと5分」

「今日は大事な部隊結成式でしょう。遅刻したって知らないんだから...」

「い、今何時だ?」

「あと10分で式が始まる時間よ」

その一言でカインは飛び起きた。彼は慌てて着替えをはじめるが、慌てすぎていろいろなところにぶつかっているので、その度に「うわっ」とか「いてっ」とか言うので、朝から騒がしいことこの上ない。

「いつまでも寝てるから悪いのよ。起こしてあげたんだから感謝してほしいなぁ」

「どうせ起こすんだったら、もっと早くに起こしてくれよ」

「その度にあと5分だけ寝させてくれって言いつづけてたのは誰ですか?」

「......悪かった」

 謝りながらも、そんなことを言った覚えがない、といったような顔をしながらも、支度を進める。

「カイン、何してるんだ!早くしないとおいてくぞ!」

「ん?アルの奴が何で来てるんだ?」

「あなたのことが心配だったからでしょう。20分前から待っててくれてるのよ。急ぎなさいよ」

 それを聞いたカインは余計にあせった。時計を見ると、式開始まであと5分のところをさしている。何とか支度を終えたカインは急いでドアに向かう。

「じゃ、行ってくるよ」

「はいはい。あっ、ちょっと待って。」

 そう言ったが早いか、カインの頬に軽くキスをする。

「いってらっしゃい、あなた」

 笑顔でカインを送り出したのは、ローラであった。

「あぁ、行ってくる」

 こちらも笑顔でそう答え、アルとともに走り出した。

「相変わらずだな。見ててこっちが恥ずかしくなってくるぞ」

「じゃぁ、見なきゃいいだろう」

 そう言いながら、見られた恥ずかしさで顔を赤くする。それを見てはニヤニヤ笑うのが習慣になりつつある最近であった。

「しかし、あいつの病気の再発はなくなったんだな。よかったなぁ」

「あぁ。しかし、あの日のことを思い出すと、未だに恥ずかしくなるなぁ」

「プロポーズした日のことか?」

 

「で、その条件なんだけど......。」

 時はローラが倒れた日までさかのぼる。

 ローラが目を覚まし、カインと二人きりになったとき、カインはローラの病状と治療法に関しての話をしようとしていた。

「......つまり、お前の心の中にいろんな不安があって、その不安が病気を引き起こしている可能

性があるそうだ。で、その不安のひとつに、俺が関係しているらしい」

「お兄ちゃんが? どうして?」

「俺と会えないことが、ストレスを溜める原因になっているらしい。心当たり、ないか?」

「あぁ、それかぁ」

 ぽんっと、手をたたき、納得したように首を縦に振る。

「で、今のままだと、俺が仕事で忙しくて、いっしょにいる時間があまり確保できないから......」

 そこまで言うと、また顔を赤く染めて言葉を詰まらせてしまった。ローラも、ここまで話がくると、カインが何を言おうとしているのかがなんとなくわかったらしく、少し頬を染めて、カインを見つめていた。

そして......。

「ローラ、俺のこと、好きか?」

「そんなこと、聞かなくても分かるでしょ?大好きだよ」

「そっか。こんな俺でも、大好きって言ってくれるのか...」

「お兄ちゃんが、自分のことをどう思っているのかは私にはわからないけど、お兄ちゃんは仕事も

ちゃんとやって、私とも付き合ってくれてる。こんなにしっかりとして、優しい人って、あんま

りいないよ。私は、そんなお兄ちゃんが大好き!」

 そう言ったローラは、顔を赤くしながら微笑んだ。そんなローラを見て、カインは一回うなずき、そしてはっきりとした口調で話し出した。

「前に、お前が倒れたときに、俺はお前のそばにずっといるって約束したよな。でも、最近はお前

と会う時間が減ってたな。いっしょにいる時間がなくて、心配させて、お前を病気までさせてし

まったのは俺の責任だ」

「ううん、そんなことない。私がしっかりしてなかったからだよ」

「いや、お前との約束をしっかり守ってなかった俺に責任がある。だから、今度は、その約束をし

っかり守りたい。だから...だから、ひとつ聞きたいんだが...」

「......」

「俺といっしょに暮らす気はあるか?」

「えっ......」

「ドクターにも言われた。お前の病気を治すには俺が必要なんだって。でも、これは俺の意思だ。

お前の病気を治してやりたいし、何より一緒にいたいんだ。他の誰よりも、ローラ、お前を愛し

ているから。お前にその気があるのなら結婚してもいいと思うんだ」

 そこまで言ったカインは、改めてローラを見つめなおす。ローラは、初めは恥ずかしさで顔を手で隠していたが、今は嬉し涙を見せまいと必死になって、顔を隠していた。

「お兄ちゃんは、本当に私でいいの?」

「お前だからこそ、こんな話をしてるんだよ。他の人ではダメなんだ」

 そういって微笑む。ただ、少々の恥ずかしさはあるようで、目をそらしぎみで話していたが。

「本当に私でいいんだね?」

 その問いに、カインは大きく、たった一度だけうなずいた。それを見たローラは自分が病人だということを忘れ、カインに抱きついた。

「私は、いつでもお兄ちゃんといっしょにいたいよ。お兄ちゃんがいっしょにいてくれるなら、私

はそれだけで幸せだよ」

「じゃぁ、これからはいつでもいっしょにいよう。俺が帰る場所も、ゆっくりとする場所もお前の

そばにだけする。ローラ、お前を絶対に離さないからな」

 そして、見つめあった二人は、静かに唇を重ねた。

 

「で、結局結婚したんだもんなぁ。まぁ、それがお前たちの出した答えだから、俺は何も言わない

けどな...」

「あいつが口には出さなくても、それを望んでいたのが分かっていたからな。それに答えただけだ

よ。それと、俺も部屋では一人になって寂しかったところだしな」

 数日までまで、そばで口うるさくしていた相棒のことを懐かしむようにそうつぶやく。

 青空は、どこまでも突き抜けるように青く澄み切っていた。

 

 結婚式当日。

セント・ウィンザー教会には、彼らの友人や教会の子どもたちだけでなく、自警団の幹部なども出席した。

「第三部隊も、これからという時期で大変だろうが、良き伴侶を得ることでよりいっそう努力することが出来るものだろう。頑張ってくれたまえ。それと、おめでとう」

 そう言ってくれたのは、自警団の団長代理も兼ねることになったリカルドであった。その他、パティやアルベルトなどにも、冷やかしなのか祝辞なのかわからないようなことを言われた。

 ただ、カインはローラとともに微笑みつづけていた。これから始まる、新たなスタートを待ちわびて。

その後、衣替えのため一度控え室に戻った二人だったが、部屋に入ると、ローラは少し表情を曇らせた。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
 カインがドアを閉めた時、窓から澄んだ空を見上げていたローラが、静かに口を開いた。
「私ね、ひとつだけ残念なことがあるの」
「残念なこと・・・って?」
「うん、今の私の姿をお父さんやお母さんにも見てもらいたかったなって。それができないのが残念かな・・・なんてね」
 そう言い、苦笑する彼女だが、強がっているのが見てとれる。本来なら、祝福してくれるべき人がそこにいない。多くの愛を注ぎ、育ててくれた人がいない。それは、愛する人を失うことと同じくらい辛いことなのではないか。
 カインもそれを理解することは出来ても、すぐには何も言うことが出来なかった。言うべき言葉を見つけられず、ただ彼女をそっと後ろから抱きしめる。
「・・・お兄ちゃん?」
 突然の事に戸惑い、ローラは怪訝そうな表情でカインを見上げた。
「きっと、きっとな。お前の両親は天国から見てくれているさ。きっと、・・・いいや、絶対喜んでくれているよ」
 カインがそう言うのを聞いて、ローラは静かに目を閉じてふっと優しい表情をした。
「・・・そうだね。ありがとう、お兄ちゃん」
 抱きしめている手を、小さな手がそっと握り返してきた。
「なぁ、ローラ」
「なに?」
 再びカインを見上げるローラ。
「いつでも、どんなときでも、俺がお前を守ってやる。お前をいつまでも守り続けていきたい」
「ありがとう。でも、私はそんなことよりも守って欲しいことがあるの」
握っていた手を離し、カインの正面に立つ。
「少しでもいいから、私より長生きして。もう、大好きな人を失いたくはないから・・・」
 そういう彼女の目に、涙が溜まっていた。カインは、言葉と同時に、彼女のそれを見てどれほどその約束を守らなければならないかを悟った。そして、どれほど彼女が苦しんできたかも・・・。
「あぁ、約束しよう。お前よりも長生きする。お前をおいていきはしない・・・」

 そして、結婚式。

「カイン、汝はローラを妻とし、永遠に愛することを誓いますか」

「はい」

「では、ローラ。汝はカインを夫とし、永遠に愛することを誓いますか」

「はい」

「よろしい。では、誓いの口付けを......」

 見つめあった二人は優しく微笑みながら、唇を重ねあった。

「ここに新たな夫婦が今誕生した。神よ、この者たちを祝福したまえ」

 神父のその言葉で式場内から拍手がおこった。

 しかし、当事者たちはそれに気づかないかのように、静かに見つめ合っていた。そして、カインは改めてこう告げた。

「ローラ、これからはずっと一緒だよ。よろしくな」

「こちらこそよろしくね、大好きなお兄ちゃん。ううん、......カイン」

 そして、再度口付けを交し合った。

 

 

FIN

 

 

あとがき

 

 最初にこの物語を書いて、結構な時間が経ちましたが、いざ読み返してみるとなかなか恥ずかしいものですね。特に後半は無理やりもっていったという感じが強く、書き上げた当時は実は不満たらたらでした。

 修正版として、書き直した今でも、完全に満足とはいえませんが、前に比べればましになったかなぁと思います。

 まぁ、完全なものなどありえませんから、今後もちょこちょこ手直ししていくことになるとは思いますが、その日がいつになるかは分かりませんので楽しみにしていてください。

 

 悠久シリーズの中でも、2ndが一番好きなんですが、その中でも、やはりローラが一番ですね。元気のよさ、可愛さ、そして「お兄ちゃん」がなんともいえませんね...(お兄ちゃんと言う言葉に弱いもので(笑))

 そんな彼女の良さを引きだろうと思い、頑張って書きましたが、皆さんにそれが伝わったでしょうか?元気が良くて、時にはうるさく思うかもしれない。でも、実は優しさと思いやりにあふれた、どこまでも一途になれる、そんな少女を好きになってくれれば、それだけでも書いてよかったと思えます。

 悠久シリーズの終了、そして、大学卒業に伴い、HPの閉鎖や小説の凍結などファンだった皆さんには大変迷惑をおかけしたと思います。この場を借りてお詫び申し上げます。ただ、自分自身、悠久ファンをやめたわけではありませんし、大学院進学でまだまだ時間的には多少ですが余裕がありますので、小説くらいは続けて行きたいと思っています。

 小説を読んでの感想や意見、批判などがありましたら、ぜひ聞かせてください。参考にさせてもらい、今後の糧にさせていただきたいと思っています。

 最後に、私の小説を載せてくださっている青地与右衛門様に感謝いたします。

 

2002/05/22

如月サツキ