web拍手 by FC2

【如月サツキさんから】バレンタイン・ラプソディ

「カイン、いるか?」
「おっ、アルか。どうしたんだ?」
 昨年、カインを中心に活躍をし、無事に存続を許された自警団第三部隊。現在は隊員も6人と少しずつではあるが増えてきている状態だった。
 その自警団第三部隊本部。といっても、自警団内の一室を使用しているわけで、そこの長たるカインの元を第一部隊のアルベルトが訪問するのは今ではさほど珍しいことではなかった。
「あぁ、実はだな・・・・・」
 そういって、アルベルトが話しだしたのは彼の妹、クレアについてのことだった。

 
「どういうことか、詳しく教えてくれないか?」
「何か妙にそわそわして、家事の方でも失敗が多くなってきている。何か悩みがあるようなのだが、俺には何も話してくれないんだ。で、お前に相談にきたわけだが・・・・・・」
「クレアがねぇ・・・・・・。珍しいことがあるもんだが、残念ながら俺には心当たりはない」
「そうか。だが、何か、その・・・・・・思い当たることはないか?何でもいいんだ」
 妹のこととなると、目の色の変わるアルベルトだが、こんなに焦っている彼を一度も見たことはなかった。それがまた面白くもあるのだが、そんなことを言う必要はない。
 とはいえ、カインも彼の相談にのってやりたいのは山々だったが、理由を知っているわけではないので、何とも言えない状況であった。
「ここ最近って、いつからだ?」
「そうだな、今月に入ったくらいからだな」
「今月?」
 ふと、カインがカレンダーを確認する。日付は2月9日。
「そうか、わかった!」
「何だ?何がわかったんだ?」
「今度の日曜日がバレンタインデーなんだよ」
 2月14日、バレンタインデー。女性が浮つくのも無理はない。好きな相手に想いを込めたチョコを送る大事な日なのだから。
「バレンタインデーか。なるほど、それでクレアは・・・・・・」
 ようやく納得しかけたアルベルトの脳裏に、一つの疑問がよぎった。
「ちょっと待て。クレアの奴、いったい誰にチョコをあげる気なんだ?」
「知るかよ、そんなこと・・・・・・。それくらい自分で聞いてくれ」
 そう言った後、カインは後悔した。アルベルトが、カインの胸ぐらをつかんできたのだ。
「まさか、お前じゃないだろうなぁ?」
「知らないといっただろう。仮にそうだとしてもお前に怒られなきゃならん理由はどこにもないだろうが・・・・・・」
「仮にそうだとしても、だと!!俺の妹に手をだす奴は・・・・・・」
 そう言いかけた時、ノック音が室内に響いた。
「はいはい、誰?」
「クレアです。兄様はいらっしゃいますか?」
 クレアの突然の訪問に、アルベルトはあわててカインから手を放した。
「どうぞ、開いてるよ」
「こんにちは、カイン様。何かお疲れの様子ですけど・・・・・・」
「あはは、ちょっとね・・・・・・」
「ところでクレア、今日はどうしたんだ?」
「ハイ、兄様にお弁当を届けに参りました」
「またか・・・・・・。俺はいらないと言ったはずだぞ」
「今日は召し上がってもらいます。リカルド様にもお願いされているのですから・・・・・・」
「隊長が?」
「えぇ、仕事熱心なのはいいことですけど、食事はしっかりとるものだとおっしゃっていましたわ」
 アルベルトの敬愛するリカルドが彼を心配し、忠告しているというのならば、食べないわけにもいかない。アルベルトはしぶしぶ弁当をもらい、第一本部へと戻っていった。
リカルド隊長が心配してるって、本当?」
「いいえ。ああでも言わないと、兄さまはお昼を食べて下さらないから」
「さすがだね」
「そんな・・・・・・」
 頬を赤く染め、恥ずかしがるクレアを見て、カインは優しく微笑む。クレアのこのしぐさはよく見るのだが、何度見てもいいものだと、カインは思っていた。
 数瞬後、何かを思い出したように真顔に戻り、それでも多少もじもじしながら口を開いた。
「ところでカイン様。一つお伺いしたいことが・・・・・・。カイン様はチョコレートはお好きですか?」
 その言葉に、一瞬ドキッとしながらも、平静を保ち答える。が、背中には冷たい汗が流れていた。
「う~ん、強いて言えば嫌いじゃないってところかな」
「じゃぁ、どんなチョコがお好きですか?」
「また難しい質問だなぁ。そうだな・・・・・・ホワイトチョコが一番好きかな?」
「そうですか。どうもありがとうございました」
「もういいの?」
「はい。それでは失礼します」
  笑顔を残して、クレアは部屋を後にした。残ったカインはしばし呆然としていたが、ふとあることに気づいた。
「まさか、ねぇ・・・・・・」
  驚きと喜びが交錯しつつ、ある恐怖が脳裏に浮かぶ。
「どうやって、アルベルトをごまかそう・・・・・・」
 今のカインにとって、公務以上に大きな問題であった。

――からんから~ん

「こんにちは」
「あら、カインじゃない。いらっしゃい」
 さくら亭の看板娘、パティ。最近ではジョートショップの青年と仲が良いとの噂をよく聞く。快活で、笑顔が印象的な彼女は、相変わらず忙しそうに働いていた。カインはカウンターの空いている席に座り、一息つく。
「ご注文は?」
「いつものやつ、頼むよ」
「OK」
  大声で厨房に注文を伝えると、奥からおやじさんの声がかすかに聞こえてきた。それを聞き流し、しばし物思いにふけっていた。
「どうしたの、ボーッとしちゃって」
「うぉっ!」
  目の前に、顔を近づけたパティがいた。カインは驚いたが、またすぐにため息をはいた。
「どうしたのよ、ため息なんかついて。なんか悩みでもあるんじゃないの?はは~ん、バレンタインデーが近いからでしょう?」
「・・・・・・そうなんだよなぁ。もうすぐなんだよなぁ」
  否定するものと考えていたパティは、多少驚きを覚えた。だが、深刻な顔をして悩むカインをからかう気にもなれなかった。
「どうしたのよ。そんなに悩んで・・・・・・」
「実はな・・・・・・」
  カインはパティに耳打ちで真相を話し始めた。最初はうんうん言っていたパティだが、突然大声を上げて驚き出した。周りの客が怪訝そうな顔で二人を見つめている。
「はぁ、そりゃ悩むわよ。でも、どうするの。アレフみたいなことしたら許さないわよ」
「だから悩んでるんだろう・・・・・・」
  問題はこうだった。今日、仕事でセント・ウィンザー教会に赴いたときにローラに会い、いきなりデートの約束を交わされてしまった。考えるまもなく走り去られてしまったので、どうする術もなく、困りながらも仕事を続けているところにヴァネッサが登場。やはりデートを申し込んできた。その後も、メロディ、マリアなど、エンフィールドの有名どこにデートを申し込まれる始末。こんな状況を今まで体験したことのないカインにとっては一大事であった。ため息をつく理由もよくわかる。
「はい、お待ち!」
 そんなこんなで、料理が出来上がり、カインの前に出されるが、いつものと何かが違っていた。
「あれ?なんか大盛り・・・・・・」
「私からの気持ちだよ。忙しくてデートなんてできないから・・・・・・」
「はい・・・・・・?」
「あぁ、いいの、いいの。気にしないで。あはははは・・・・・・」
 今のパティの発言により、カインの知り合い全てがデートの申し込みをしてきたことになる。去年の今頃、寂しくすごしていたのが懐かしいくらいだ。
「どうすりゃいいだか」
 今言える、たった一つの正直な気持ちだった。

そして、運命の日が来る。

「えっと、まずは・・・・・・」
 ヴァネッサ、トリーシャ、マリア、シェリル・・・・・・。朝からカインはエンフィールド中を駆け回っていた。
先日申し込まれたデートお誘いを一通り断るためである。全員とデートをするわけにも行かず、かといって誰か一人を選ぶことも出来なかったカインが選んだのは全員から気持ちとしてチョコはもらうけれど、デートはしないという道であった。
  だが、断るのも一苦労であった。なにせ、仕事の虫であった彼がこのように同一日に大量のデートを申し込まれたことはなかったからだ。普通はそんなことありえない。唯一の例外、アレフを除いて・・・・・・。
「あとは・・・・・・」
 セント・ウィンザー教会に住む、ローラだけであった。
「だけど、あいつが素直に了解してくれるかなぁ・・・・・・」
 その自信はなかった。
  ローラ・ニューフィールド。およそ百年前、不治の病にかかった彼女は彼女を助けたいと思う両親の願いにより、魔法をかけられ、雷鳴山のダンジョン内で眠りについていた。約二年前年、ジョートショップの青年により発見され、名医トーヤ・クラウドの治療により、病気を治すことに成功。
  だが、百年の歳月は彼女の心に大きな傷を残した。両親も、友達も、皆死んでしまっていたのだ。孤児となってしまった彼女は、幽体であった時から住んでいたセント・ウィンザー教会に寝泊まりしていた。
  一年前、彼女は病気が再発。注射一本で完治したものの、過去にその病気で眠りについた(彼女に言わせれば閉じ込められた)ことがトラウマとなり、一人になることを極端に恐れた。
  その時居合わせたカインは、二度とローラを一人にはさせないと断言。それ以後、ローラはカインを兄(のようなもの)としてではなく、恋人としてみていた。だが、カインにその自覚はない。それゆえに、この件に関しては難題であった。
セリーヌ、ローラはいるかな?」
  孤児院の保母をやっているセリーヌを見つけ、声をかけた。
「あらぁ、カインさんじゃないですかぁ。こ~んに~ちわ~~」
「は~い、こ~んに~ちわ~~、じゃなくて・・・・・・。ローラはいる?」
「ローラさんでしたら、大聖堂にいると思いますけどぉ・・・・・・」
「そう、ありがとう」
  そういって、大聖堂に向かう。セリーヌは何か言いたそうな表情を浮かべつつ、黙ってカインの後ろ姿を眺めていた。

「ローラ、いるか?」
「あっ、お兄ちゃん!」
  カインを見つけたローラは一目散に駆け寄ってくる。ものすごく嬉しそうな顔をしているのがよくわかる。
「うふふ、デートの約束、覚えててくれたんだ。どこいくの?」
「いや、その件なんだけどさ・・・・・・。デートは出来ないって事で・・・・・・」
「え~~!!なんで~~~?」
「みんなと同じだよ。誰か一人を選んじゃうと、不公平だろう?」
「お兄ちゃんは、私の恋人なんだからいいの!デートしようよ~」
「そういわれてもなぁ・・・・・・」
 困るカインをよそに、ローラはしつこくデートしようと言い寄ってくる。
「一年前、約束したじゃない。私と一緒に居てくれるって・・・・・・。あれって嘘だったの~?」
「いや、嘘じゃないけど・・・・・・。でも・・・・・・」
  もしデートしているところを断った女の子達に見つかったら、どう説明していいのか。そっちのほうが問題であった。
「ローラ、今日だけは我慢してくれないか?頼む!」
「ダメ!今日じゃなきゃイヤ!」
「ローラ・・・・・・」
  その時、カインは驚きの表情を浮かべる。ローラの目には溢れんばかりの涙がたまっていた。
「今日じゃなきゃダメなの。だって、今日は女の子の特別な日でしょう?だから・・・・・・」
  そう言った後、ローラは小さな声で泣き出してしまった。困惑の表情を浮かべるカインだが、心の中では、仕事で忘れていた、何か熱いものが生まれつつあった。
  静かに涙を流すローラを見て、カインは何の躊躇も無く抱きしめた。
「お・・・兄ちゃん・・・・・・?」
  驚いたのはむしろカインのほうであった。自分はこんな事が出来るのかと、驚きを禁じ得なかった。
 もちろん、ローラも驚いた。彼女から手をつないだり、抱き着いたことはあったが、カインのほうから抱きしめてくるというのはこれが始めてである。
「ゴメンな、ローラ。おまえの気持ち、わかってなかったみたいだな。本当にゴメン」
「ううん、いいの。私だって、わがまま言ってるってわかってたから・・・・・・」
  泣き止んだが、どこか寂しそうなローラを、カインは強く抱きしめた。ローラも、それに身を任せていた。
「お兄ちゃん、暖かい・・・・・・」
  ずっと昔、父親に抱きしめられた時のような、だが、それ以上に優しく暖かい、そんな感じであった。
「ローラ、さくら亭に行こう。それで許してもらえるかな?」
「しょうがないなぁ・・・なんてね。いっしょにいてもらえるだけで嬉しいよ」
  いつのまにか、いつもの笑顔に戻ったローラをカインは嬉しそうに見ていた。
「じゃ、行くか・・・・・・」

  夕暮れ時のさくら亭。帰宅途中によっていく常連客でにぎわっている。もちろん、パティは大忙しだ。
「いらっしゃい。ご注文は?」
「俺は・・・・・・」
「ちょっと待って、お兄ちゃん」
「なんだよ、いきなり・・・・・・」
「パティちゃん、ちょっと・・・・・・」
  ローラは耳打ちでパティに何かを伝えている。もちろん、カインには聞こえてこない。
「ちぇっ、なんなんだ?」
「よろしくね、パティちゃん」
「OK。まかせといて!」
  そういって、パティは厨房に行ってしまった。ローラはなぜが笑顔を浮かべている。
「ローラ、一体何を注文したんだ?」
「それは出てきてからのお楽しみ。楽しみに待ってて」
「はいはい」
  そう言ったものの、何が出てくるのか気になって仕方が無い。だが、気にしたところでわかるはずも無いので、ローラと話しをし始めた。
  数分後、カインは、出されたものを見て唖然とした。
「ローラ、これって・・・・・・」
「パティちゃんにお願いして特別に作ってもらったものだよ」
  出てきたのは、チョコレートケーキ、ホットチョコなどどれもチョコレートのお菓子であった。
「いや、気持ちは嬉しいけど、こんなに食べられるかな?」
「何言ってるのよ、お兄ちゃん。二人で食べるの」
  呆れ返るカイン。それを見て、笑っているパティ。嬉しそうにケーキを食べるローラ。それぞれがつかの間の平和を楽しんでいた。
「お兄ちゃん、あ~ん」
「何でそんなことしてもらわなきゃならないんだ!」
「今日だけは特別だって言ったでしょ。だから・・・ね?」
 そう言われると、何も言い返せなくなってしまった。仕方なく、ケーキを食べさせてもらう。
「さすがのあんたも、ローラには勝てないか」
「うぐっ、パティ、見てたのか?」
「えぇ、ずっと。見てるこっちが恥ずかしくなってくるわよ」
 カインをからかうパティの顔には、どことなく羨ましさが浮かんでいた。

  夜もふけてきて、さくら亭の客も減り出してきた。ローラも疲れたのか、眠ってしまった。
「誰が送っていくと思ってるんだか・・・・・・」
「カインだから、安心して眠ってるんじゃないの?」
「そんなもんかねぇ・・・・・・」
  だが、ローラの寝顔を見ると嫌とは言えない。カインも、この時だけは可愛い妹を扱う兄のような顔に戻る。
「さて、帰るかな。パティ、ごちそうさま」
「待って、カイン。これ・・・・・・」
  パティが出したのは、ハート型のチョコだった。
「今日、渡せてよかった。今日はこないと思ってたから焦っちゃった・・・・・・」
「焦った?どういうことだ?」
「カイン、急いで作ったの。だから・・・・・・」
「はぁ、今日は良い日なんだか悪い日なんだか・・・」
「あら、私からのチョコは嬉しくないっていうこと?」
「そういうわけじゃないさ。ただ、今年は変な年だなって。チョコ、サンキュー。ありがたくもらっ ておくよ」
  カインは照れながらもチョコを受け取ると、すぐにセント・ウィンザー教会へ向かって歩き出してしまった。パティは少し残念そうな顔をしている。
「ローラには幸せになってほしいなぁ」
  星を見ながら、そう言い残し家の中へと戻っていった。

「お兄ちゃん。大好きだよ・・・・・・」
「ん?寝言か・・・・・・」
  カインも、昼間走り回ったせいか、疲れが溜まっていたはずだ。だが、そんな疲れもローラと居ることでどこかへ吹き飛んでしまったようである。ローラを優しく背負いながら、ゆっくりと歩いていく。
「可愛い妹か、小さな彼女か。どう扱ったらいいのかまだわからないが、ずっと一緒に居るのも悪くないかな?」
  ローラの寝顔を見ながらそうつぶやくが、答えは返ってこなかった。
「彼女か・・・・・・」
  今まで仲間とか、妹としてしか見たことの無いローラを彼女としてみるのは少々抵抗がある。だが、悪くはないと思う。カインは先ほどから、ずっとそんな事を考えていた。

「じゃ、あとはよろしくな」
「は~い、どうもご苦労様でした~」
「それじゃ・・・・・・」
 教会に着いて、セリーヌにローラの世話を頼んだカインは、そのまま寮へと歩き出した。その時、セリーヌがカインを呼び止めた。
「何、セリーヌ
「あの~、カインさん。これを、受け取ってくれませんか~?」
  そういって、渡されたものはチョコレートだった。
「うん、ありがたく頂くよ。それじゃ・・・・・・」
  そういって、カインは走り出した。セリーヌも、ローラを運ぶほうに一生懸命になっていた。
  こうして、長い一日がようやく終わりかけていた。寮に戻ったカインは、すぐにソファーに倒れこんだ。机の上には、チョコの山が出来ている。
「もう、疲れた・・・・・・」
  だが、カインは忘れていた。もう一人、彼を想う娘がいたことを・・・・・・。

――トントン

 ドアのノック音に気付いたカインはすぐに起き上がって返事をした。ドアの向こうから返ってきた声は、カインを驚かせるのには十分だった。
「こんばんは、カイン様」
「クレア。どうしたんだい、こんな夜中に・・・・・・」
「はい、これをお渡ししたくて、お帰りになるのを待ってました」
  クレアが持っていたのはチョコレートだった。カインはここでようやくクレアがチョコをくれることを思い出した。
「ありがとう。中はやっぱりホワイトチョコかな?」
「はい。カイン様がお好きだと言われたので」
「そっか。ありがとう、クレア」
「いえ、お礼なんか・・・・・・」
  クレアは顔を赤らめながらも、嬉しそうに話しをしていた。カインも今日あった他の女の子と違う可愛らしさに、どことなく照れた感じがある。
「アルの奴にもあげたのかい?」
「えぇ。でも兄様、照れ屋だから、素直に受け取ってくださらなかったんですよ」
  実の妹から貰うというのも、少々照れくさいことだと思うが。カインは心の中でそうつぶやいた。
「では、そろそろ部屋のほうに戻らせていただきます」
「そうだね。これ、ありがとう。おやすみ」
「夜分、申し訳ありませんでした。それでは、おやすみなさい」
  部屋に戻ったカインは机の上のチョコを見つつ、クレアに貰ったチョコを食べ始めた。彼女の言っていた通り、ホワイトチョコで作った、ハート型のそれは店で買ったものより遥かに美味しかった。
「さすがはクレアってところかな?」
「ほぅ。嬉しそうだな、カイン・・・・・・」
  突然、背後から殺気のこもった声が聞こえてくる。聞きなれた声であるだけに、余計その恐ろしさが感じられる。
「よぉ、カイン。クレアと話している時のおまえ、すごく楽しそうだったなぁ。何がそんなに楽しかったのんだ?」
「あ、あはははは・・・・・・。アル、いつからそこに?」
「昼間、クレアから逃げてここへ来たあと、ずっとここで寝てたから・・・・・・」
「昼間から・・・・・・ね」
  カインの背中には冷たい汗が滝のように流れている。顔も少々ひきつり気味である。
「さて、この机のチョコはほったらかしにしてクレアのチョコを一番最初に食べた理由を聞かせてもらおうか?」
「それ以前に、俺の部屋にどうやって入ったんだ?無断で入りやがって・・・・・・」
「なんか言ったか?」
「いや、何も・・・・・・」
  殺気が増大していくのが手に取るように感じられる。カインは恐怖に顔をひきつらせながら、アルベルトの方を向く。怒りに満ちた男が、そこにいる。一歩一歩近づいてくる。
「アルベルト、暴力はなしだよなぁ?」
「さぁな。おまえの返答次第と言っておこう」
「そんな・・・・・・」
  アルベルトが一歩近づくと、カインは一歩後退する。それを繰り返すうちに、カインは壁にぶつかってしまった。
「さぁ、こたえてもらおうか?」
「・・・・・・・・仕方が無い」
「ようやく言う気になったか。さぁ、理由を聞かせて・・・・・・」
  突然、カインは部屋から飛び出すようにして逃げ出した。突然の逃亡に、アルベルトは一瞬驚いたが、すぐさまカインを追いかける。
「こら、逃げるなんて卑怯だぞ!」
「正当な攻撃理由も無く襲い掛かるほうが卑怯だと思うが!?」
「待ちやがれ!」
「嫌なこった」
  それから、鬼ごっこは夜が明けるまで続けられた。もちろん、騒音を撒き散らすわけだから、住民から苦情が殺到したのは言うまでもないだろう・・・・・・。
  こうして、波乱に満ちたカインのバレンタインデーはようやく終了した。来年はどのようなバレンタインデーになるのか楽しみでもあり、恐ろしいものでもある。
  後に、カインはこう語っている。
「一人身で寂しく過ごすバレンタインデーも嫌だけど、あんなにもてるバレンタインデーも嫌だね。あんな経験は二度とゴメンだ」
  だそうである。


Fin

by 如月サツキ