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【悠久幻想曲】日曜日の昼下がり

悠久幻想曲2nd主人公×ローラで書きました。

タイトルはDEENの歌から。

20年近く経ってますがまだ公開してます。

最近ちょっと書き換えました。

 

目次

 


 

#1 とある日曜日

 

それは遠い遠い、エンフィールドという街での、ある日曜日の物語。

 

良く晴れた気持ちのいい青空が広がる昼下がり。
いつも賑やかなエンフィールド、この日ばかりは大通りである「さくら通り」がいつもよりさらに活気付く。
通りの両側に店が並び、市ができる。
通りを行く人々の顔も、とても活き活きとしていて、活気に満ちあふれている。
そんな中、一組の男女が騒がしく言い争いながら大通りへとやってくる。
人々は「なんだろう?」と一度そちらの方を見るものの、すぐに「ああ、あの子たちか」と微笑んで元の営みに戻る。
よく見ると、二人はどうやら言い争っている訳ではないようだ。
どちらかというと、女の子の方が金魚のフンの如く青年に付きまとっていて、それを青年の方が迷惑がっているらしい。
この二人がいつもこうなのは毎度の事であり、街の人々はそれを良く知っている。
それは、二人がこうやっていつも騒がしくしているからというよりは、二人がある意味この街では有名な人物だからのようだ。

 

キリッとした目の、優しそうな顔立ちの青年の名はディーン・ニード。
彼は、この街の安全を守り、人々の生活を支えるために結成された自警団の隊員で、昨年彼一人になってしまった自警団の第三部隊を、友人達と共に立て直した事で知られる。
とても働き者で、誠実で、街の人々からの信頼も厚い、年の頃21の、言わば好青年。
自警団第三部隊・・・それは、街の人々からの相談や苦情、そして仕事の手伝いを請け負う部隊。
ディーンは16才のとき、「自分を磨くため」と「街の人々の役に立ちたい」という想いで自警団に入団し、そして第三部隊に所属した。
しかし、昨年、英雄的な指導者であった第三部隊の隊長カール・ノイマン隊長が病死したことにより、第三部隊の隊員たちはやる気を無くし、ディーン以外の全員が他の部隊へと移って行ってしまった。
ここぞとばかりに、ノイマン隊長が死んだのを良いことに、その隊員たちの心の隙をついて自身の直属の部隊、親衛部隊へと編入してしまったのが自警団団長ウィリアム・ベケットだった。
にも関わらず、ディーンが部隊に残った理由・・・それは
「自分の恩師であるノイマン隊長の居たこの思い出深い部隊を、このまま潰したくはない。あの人の跡を受け継ぎ、この栄誉ある部隊を再び立て直してみせる」
そう思っていたからのようだ。
若者にしては珍しいそんな考え方も、一目置かれた要因の一つだろうか。
自警団団長も、そんな彼に信頼を置き、第三部隊の存続を許す事にしたそうだ。

 

さて、ふわりとした服装が良く似合い、頭に着けている大きなリボンが特徴的な女の子の名はローラ・ニューフィールド。
年の頃14、といった感じで天真爛漫。
しかし、彼女にはひとつの悲しい過去があった。
その昔、不治の病に侵された事があり、その時代の医学では、とても治す事は叶わず、その女の子の両親はその病を未来の医学に託すため、泣く泣く彼女を魔法によって冬眠状態にしたという。
きっと、いつか助けてくれる人が現れるだろうと信じて。
しかし、その両親の願いはすぐには叶わず、叶ったのは、それから100年後だった。
目覚めた彼女は、自分が精神体になっている事に気付く。
そして、戦争によって全てが失われていたことにも・・・。
ただ、肉体だけは辛うじて街の人々の協力により取り戻すことができていた。
そして、紆余曲折を経て現在に至る。
それが彼女、『100年の眠り姫』ローラ・ニューフィールドの過去。

 

「ね~え~、おに~いちゃん。お兄ちゃんてばー!」
そのセリフを、今までに何回聞いたことだろう。
そうディーンは思った。
こう何度もせがまれちゃあ、いい加減嫌になってくるよ・・・。
「なあ・・・ローラ」
ディーンはついに立ち止まってそう切り出す。
「なあに?」
無邪気に笑うローラ。
「いい加減、俺とばっかり遊んでるんじゃなくて、たまには他の友達と遊んでくれよ」
ディーンとローラは本当の兄妹ではないのだが、彼女は彼の事を『お兄ちゃん』と呼ぶようだ。
「もう・・・お兄ちゃんはあたしのこと嫌いなんだね・・・」
ディーンの言葉に急にシュンとしてしまうローラ。
そんな仕草も、ディーンには同情を誘うためのいつもの手口だと分かっていた。
「違うって! ・・・まったく、なんでそうなるかな・・・」
「だって、せっかくあたしが独り身であぶれてるお兄ちゃんの相手をしてあげようと思ってるのに、お兄ちゃん全然相手にしてくれないんだもの・・・」
酷い言われようだな・・・。
苦笑するしか無いディーン。
「独り身なのは確かだけどな、いくらなんでもあぶれちゃいないぞ」
「あははっ! お兄ちゃんたらまたそうやって理屈ばっかりこねるんだから~」
悪ぶれた風も無くそう言うローラ。
そんな感じなので
「はいはい・・・そうですか」
ディーンは、もうやってられない、という感じで肩をすくめる。
と、そこへ
「あらあら、隊長さんも大変ねえ」
そう言って通りがかりの婦人がにこやかに立ち止まる。
「ええ、こいつホントわがままで」
頭の後ろをかきながら恐縮して言うディーン。
「ほらみろ、お前のせいで恥かいちゃったじゃないか」
「なっ!?」
その言葉を聞いて、ローラは一瞬でムカッときてしまったようだ。
「なによ、その言い方!
ディーンはローラが怒っていることを少しも気にとめない。
「ふんだ、お兄ちゃんはあたしのことが嫌いなのね」
プイッとそっぽを向くローラ。
「またか・・・毎回毎回、どうしてそうなるんだよ・・・」
そう言ってうんざりしたように眉間を押さえる。
その辺りが、今ひとつ良く分からないディーンだった。
「べーっだ! そんなんじゃ一生もてませんよーっだ!」
そんなディーンに対し、あんかっべーをするローラ。
すると
「ふふ・・・あんまり女の子をいじめちゃダメよ」
そう笑って婦人は去って行った。
「はあ」
としか言えないディーン。
「ま、とにかく、俺は行くから」
ローラにそう言って再び歩き初めるディーン。
「あっ! も~っ、お兄ちゃんたら結局どこに行く気なのよ~っ!」
追いかけて横に並ぶローラ。
「俺はこれからさくら亭に行くの!! 昼飯がまだなんだよ」
さくら亭というのは、この街の宿屋兼大衆食堂の事。
看板娘の人気もさることながら、主人の作る料理の味がとても良いと評判の店だ。
いつもの彼らであれば、ローラの強引な密着によって、その場所が今日のデートスポットとなっていたことだろう。
そう、いつもであれば・・・。
しかし、今日はいつもと何かが違うようだ。
そして、それは突然やってきた。
「じゃあ・・・」
そう言おうとしたローラの身に異変が起こった。
心臓がぎゅううううっ!!と締め付けられるような感覚を覚えたかと思うと、視界がぐらりと揺れていた。
「ぅっ・・・!?」
突然の出来事にこらえられず、ローラは膝をつき倒れこんでいた。
ディーンは
「ん?」
と、倒れているローラの方に顔を向ける。
周りの人々も「何事だろう?」という感じでローラを見ていた。
な・・・なんなの・・・これ?
それは、全身の血液が逆流したかと思うほどの出来事だった。
景色が揺れてる・・・なんで・・・周りが真っ赤に・・・。
しかし、ディーンはその姿を見ても
「ははは。いくらなんでも、そんな手には引っかからないって」
というように、ただ気を引こうとしてやっているのだとしか思っていなかった。
それも無理の無い事だろうか。
突然の出来事だった。
とにかく・・・何か・・・言わなきゃ・・・。
「・・・む・・・胸が・・・苦しい・・・」
そうしてようやく口から出た言葉は明らかに掠れ気味だったのだが、それでもディーンはまだローラの異変に気付いていなかった。
「念がいってるなぁ・・・」
そう言って倒れているローラの前に屈み込み、
「ほら、もういいだろ。起きろって、服が汚れるぞ」
と声をかけ、
「・・・はぁ、はぁ・・・」
と苦しく息をしている様子を見て初めて「まさか!?」と異変に気付いたようだ。
さらによくよく見れば、ローラの額には物凄い量の汗が吹き出ている。
「ロ、ローラ!?」
その様子に只事ではないものを感じ、ディーンはすぐさまローラを抱え起こした。
ディーンの大きな声に、大通りを行く人々がザワザワと立ち止まり、しだいに人垣が出来ていく。
「・・・う、うぅ・・・」
眉間にしわを寄せ、苦しそうにローラは呻いていた。
とっさにローラの額に手を当てるディーン。
そこでディーンは、突然の事に顔色を変えることになった。
「す・・・すごい熱だ・・・」
なぜなら、ヤケドしそうな程の熱がローラの額から発せられていたからだ。
「なんでだよ! さっきまであんなに元気だったじゃないか! ・・・なのに、なのにいきなり、どうして・・・」
ディーンの表情に段々悲しそうな感情が表れていく。
「お・・・にい・・・ちゃん」
かすかに開いたローラの瞳は力なく潤んでいて、見るからに助けを求めていることが分かる。
・・・俺がちゃんと目を見ていなかったせいだ・・・。
俺がちゃんとローラと目を合わせて話してさえいれば、もっと早くに気付いてやれたはずなのに・・・。
その瞳を見て、自分の鈍感さに歯がゆさを覚えると共に、ディーンの心には次第にひとつの危機感がつのってくる。
このままじゃローラが・・・。
その先はとても考えたくはなかったが、そこまで考えれば後の行動は素早いものだった。
すぐさまローラを抱え上げると、ディーンは元来た道を走って引き返し初めた。
「すいません! どいてください!!」
必死の形相に気圧され、人垣になっていた人々はすぐさま道を開ける。
すぐ先に公園がある。そこを左に曲がっていけば、目指すべき場所は・・・クラウド医院はすぐそこだ!
それまで・・・辿り着くまで・・・ローラ!!
消え逝かんとする小さな命を抱き止めて、走る。

 


 

#2 クラウド医院

 

クラウド医院は、この街の中では有名な小さな病院だが、評判はとても良かった。
設立者のトーヤ・クラウドが天才的な名医と称されるほどの実力を持っているからということと、誰にでも分け隔てなくしっかりと熱意を持って診察してくれるという、ある意味一本気な部分を持っているからだろう。
欠点を挙げるとすれば、それは彼が無愛想であるということと、トーヤ以外に医師が居ないということ。
しかし、それも最近は彼の愛弟子であるディアーナという少女のおかげか、病院全体の雰囲気が明るくなってきていた。
本人にはそのつもりは無いだろうが、彼女のドジっぷりが周囲に笑いを振りまくため、自然とそうなってきたのだろう。
ただ、トーヤにとってはそういったドジは迷惑以外の何物でもなかったのだが。
しかし、ディアーナはトーヤに助けられた事を恩に感じて毎日医師を目指して努力しているため、いずれ良い医師となることは間違い無いだろう。

その日トーヤは、定期健診に来ていた老人に聴診器を当てている所だった。
横にはいつものように助手としてディアーナが。
そして、聴診器を数回ペタペタとやったところで、その騒動はやってきた。
バアーーーーンッ!!!
「ドクター! 大変だ!! ローラが!!」
そう、ディーンがドアを蹴破ってクラウド医院に飛び込んできた。
トーヤはそれに気付くと
「む・・・?」
視線だけを声の方に向ける。
「おやおや・・・なにやら騒がしいですのう・・・」
と、お爺さん。
「すまないが、少し待っていてくれ、急患のようだ」
トーヤはそう言って立ち上がり
ディアーナ、後は任せたぞ」
なんとディアーナに後処理を任せた。
「は、はいっ!」
ディアーナは、やっと仕事が貰えた、という感じで嬉しそうに自分の聴診器を取り付けて、早速お爺さんに聴診器をペタペタとやり始めた。
トーヤの方はトーヤの方でもうすでにディーンの所に居て
「ドクター!! ローラが!!」
と、わめくのをひとつ大きく息を吸い
「わめくんじゃない!! ここは病院だぞ!! 少しは静かにしないか!!」
と一喝していた。
「・・・・・・・・・」
すさまじい気迫に一瞬固まるディーン。
「あ、ああ・・・悪かった」
こんな風にたしなめられれば、誰であろうと思わずしどろもどろになるだろう。
トーヤは、ふう、と一つ息を吐いてから
「・・・で? ローラがどうした?」
と、ディーンに改めて問い正す。
「さっきまで一緒に歩いてて、ずっと元気だったのに突然倒れたんだ! それに、熱がすごいんだ!!」
ディーンはまだ慌てている。
「ふむ・・・」
それに対し、トーヤは落ち着いた物腰でディーンの話を聞いている。
「・・・ふ、ふむってなあ、こんなときまでポーカーフェイス気取ってないでくれよ! 早く何とかしてくれ!! 意識も定かじゃないんだぞ!!」
そうまくしたてるディーンに、トーヤは諭すようにこう言った。
「お前こそ少しは落ち着いたらどうだ。と言っても無駄か……。とにかく、調べてみんことには何とも言えんな」
その言葉に、ディーンはもどかしさを覚える。
「じゃあ、早く診察を・・・」
「ああ、今準備する。追ってディアーナにも手伝わせる」
ディアーナに!?」
その名前を聞いて、ディーンの心には不安が一気に広がった。
なぜなら彼女は、努力が空回りしてよくいろんなことを失敗するトラブルメーカーだからだ。
「大丈夫だ、あいつはこういう時だけはちゃんとやる奴だ。それは、一年間自警団の仕事を手伝わせていたお前が一番良く分かっているんじゃないのか?」
そこでディーンは思い出した。
ディアーナは、いざという時に物凄い集中力を発揮するということを。
本当は分かってたはずなのに・・・俺、ホント焦り過ぎてるな・・・。
「そうか・・・そうだな。じゃあ、頼む」
「任せておけ」
そういうとトーヤは、隅に折りたたんであった寝台を出してきて
「では、この上にローラを寝かせてくれ」
それにならい、ディーンはローラの身体を寝台の上に預ける。
トーヤは、寝台を押して診察室へと入っていった。
そして、それを見届けたディーンは待合室のイスに座り込むのだった。

診察室に入ったトーヤは、ディアーナが珍しく後処理を完璧に済ませた事を知ると、ふっと優しい表情をしてディアーナの頭にポンと手を置き
「次の仕事だ」
と言って診察の用意を促した。
ディアーナは、仕事が貰えた事について嬉しくはあったが、運ばれてきたのが顔見知りの友人のローラであり、しかもその彼女が苦しそうに呻いている姿を見てしまうと、ディアーナの心には再びいつもの焦りが沸いてきてしまったようだ。
そんなディアーナの様子を見るとトーヤは
「慌てるんじゃない。急患だからといって焦っては確実に失敗する。ゆっくりと、しかし確実に素早く処理するんだ」
と言ってディアーナを諭す。
その言葉にディアーナは落ち着きを取り戻し、真剣な眼差しで
「はい」
と言って診察の用意をはじめた。
さて、トーヤは老人に次に来てもらう日を告げて帰らせると、ローラの元へ行き、手を取って脈を計る。
そして、額に手を当て熱を。
次に、目を開けさせて瞳孔を。
さらに、上着を脱がして聴診器を胸に。
最後にディアーナの持ってきた注射器で血液を。
その作業の早さにディアーナは今更ながらに目を見張る。
さすが先生・・・すごい手馴れてる。
それらを統合して判断した結果
「これは・・・」
そんな言葉がトーヤの口から漏れた。
「しかし・・・そんなはずは・・・いや、待てよ・・・そうか・・・そういうことか」
ディアーナはトーヤが何を言わんとしているのか次第に気になってきた。
と、声をかけようとした時
ディアーナ、去年ローラに使った薬を注射器一本分・・・いや、1.5ミリリットルでいい。それだけローラに注入してくれ」
「・・・え?」
その薬は、ディアーナにとって、とても思い出深い薬だったようだ。
なぜなら、医師を目指すきっかけとなった薬だったから。
「どうした?」
過去を思い出していたディアーナは、ハッと我に返り
「は、はいっ! 分かりました!」
それからトーヤは
「終わったら、奥の個室にローラを運んでおいてくれ」
そう言い残してトーヤは診察室から出て行った。

ディーンは、待合室で座り込んでうなだれていた。
もし、ローラが死んだりしたら、それは俺のせいだ・・・。
しかし、トーヤが診察室から出てくると、それに気付くなり、いきなり立ち上がり
「ドクター! ローラは!?」
トーヤは、ディーンのそんな様子に半ば呆れた様子で
「何度も言うようだが・・・ここは病院だぞ。いい加減に少しは静かにしてくれ。」
「で・・・でも、ローラのことが心配で・・・」
「ああ、そのことなんだが・・・」
トーヤは声のトーンを少し落とす。
「ローラがどうかしたのか!?」
トーヤは、これはなだめるよりも話を先に進めた方が速いだろうと思って、今度ばかりはとがめない。
「お前は、ローラのかかっていた病気については、既に知っているな?」
「・・・え? ・・・あ、ああ。確か、治療法が見つかるまで魔法で眠ってて結果的に100年間も眠ることになったっていう原因になった、あの・・・まさか!?」
そこまで言って、自分の考えていることが何を意味するのかということに気付き、ディーンは愕然とした表情になる。
「そうだ、その病気が再発した」
トーヤは事実をありのまま突きつける。
こういった所がトーヤの欠点だったりもするのだが、患者にとってはある意味では清々しいものであることは確かだろう。
しかし、ディーンにとってはそれはそうではなかったようだ。
「じゃあ、ローラはもう・・・」
もう、落胆しきっていて、誰も声をかけられない程の落ち込みっぷりだった。
「心配するな、昔の流行り病だ。現代の医学を持ってすれば、注射の一本でも打って二日も寝てれば治る」
と、トーヤは心成しか得意気に付け加えた。
「え・・・っ? ほ、本当なのか!?」
ディーンは顔を上げてトーヤに詰め寄る。
「俺を誰だと思っている」
少しムッとした様子で言うトーヤ。
「あ・・・いや、そういうわけじゃないんだ。・・・ははは、なんだ~そうなのか~。あ~、よかった」
ディーンは思いっきり肩の力が抜け落ち、右手を頭に乗せて照れたように笑う。
「もう処置は済んだから、今頃は目が覚めているはずだ。ローラは奥の個室にいる、行ってやれ」
「ありがとう、ドクター」
「それはディアーナに言ってくれ、今回はあいつが良く頑張ったんだからな」
「ああ、分かった」
本当に嬉しそうな表情でローラの元へと向かうディーン。
それを見届けると、トーヤは「ふう」と一つ息をつく。
そして、彼の胸には、ふとこんな想いがよぎる。
「・・・あいつらには、幸せになってほしいものだ」
彼、トーヤ・クラウドには昔、妹がいて、今のローラのように重い病に侵されていた。
しかし、その病はローラのそれとは違い、現代の医学をもってしても治すことができない程の重いものだったようだ。
トーヤは彼女の病を治そうと、あらゆる手を尽くし、自分の知りうる限りの治療法を試した。
苦悩の果てに、禁断の魔法にも手を染める時もあった。
それでも結局、その病を治すことはできず、最後には彼の妹は亡くなってしまったのだそうだ。
トーヤは、そんな過去から、ディーンのローラを助けようとする姿に昔の自分を重ねているのかもしれない。
「柄にも無く昔を思い出してしまったな・・・」
そう思い、ふっと笑みを浮かべながら、トーヤは診察室へと戻って行くのだった。

 


 

#3 目が覚めて

 

目を開けて、見えてくるもの。
それは・・・天井?
ぼやけていて、はっきりとはしないけど・・・。
次第に視力が戻ってくるにつれ見えてくる人影・・・。
あれは・・・
ディアーナ・・・さん?」
そう、ようやくローラは目を覚ました。
「あっ、ローラちゃん」
カルテを見ていたディアーナが顔を上げてローラの方を見る。
ディアーナさん・・・ここは?」
「ここはクラウド医院です。ディーンさんがここまで倒れたローラちゃんを運んで来てくれたんですよ」
にこやかに微笑んで言うディアーナ
「お兄ちゃんが・・・」
「うん。・・・じゃあ、目が覚めたみたいだから、あたしはこれで」
そう言ってディアーナは診察室へと続くドアの方へとスタスタと歩いていく。
「あっ、ディアーナさん!!」
ドアノブに手をかけたところで、思わず起き上がって呼び止めてしまうローラ。
「?」
不思議そうな顔で振り向くディアーナだが、ローラの不安げな表情を見るとふっと優しげな表情になり
「大丈夫、もうすぐディーンさんが来てくれるから」
ディアーナは、そう言って出て行った。
取り残されたローラはただ、布団の中で縮こまり、心細そうだ。
その時、廊下の方から声がした。
「ローラ、入るぞ」
そう言って病室に入ってきたのは勿論ディーン。
「あっ、お・・・お兄ちゃん」
少し慌てつつローラは起き上がる。
目には少し、涙の跡が・・・。
ディーンがそれに気付いたかどうかは定かではないが、
「ああ、無理しなくていいから、そのまま寝てていいよ」
とディーンは微笑みながらベットに近づく。
しかし、それに対しローラも首を横に振ってから
「ううん、いいの」
そう言ってローラも微笑み返す。
「そうか・・・具合はどうだ?」
「・・・うん、今は・・・大丈夫」
そう言って、ローラはうつむき加減になる。
「そっか」
別段無理をしている様なところは見受けられない。
ディーンは、ローラがまたこんな病気にならないよう願った。
・・・もう、あの人の時みたくはなりたくないからな・・・。
ディーンは、ふとノイマン隊長のことを思い出す。
そう、ノイマン隊長の最後は病死だったのだ。
その時の様子がふと頭に浮かんできていた、その時
「でも、お兄ちゃん・・・。あたし・・・またあの病気になっちゃったんだよね」
ローラが落ち込んだ様子で口を開く。
「あたし・・・また閉じ込められちゃうのかな・・・」
確かに、それはすぐに笑い飛ばされても良い言葉のはずだった。
「ははは。何を言ってるんだ。二日も寝てれば治るらしいってさ・・・」
ところが、ディーンはそこまで言ってハッと我に返る。
「いやなの・・・もういやなのっ! ひとりぼっちはいやなのっ!」
ローラはうつむいたままで、こぶしを握り締め、そして頬には涙が流れていた。
「あたし・・・あたし、ずっとひとりぼっちだったんだから・・・。ずっとずっとずっと、ひとりで怖かったんだから・・・」
そんなローラの姿に、ディーンは言葉を失う。
そうだよな・・・。
俺にとっては笑い事でも、ローラにとってはもう一度嫌な思いをするかもしれないっていう不安の極地なんだよな・・・。
ディーンはそう気づくと、勤めて優しい口調で言葉を繋ぐ。
「・・・大丈夫だよ。心配いらない。すぐ治るってドクターの保証付きだ」
しかし
「ウソよっ! そうやってまたあたしを閉じ込めるつもりなんでしょ!」
ローラはそう言って、涙で赤く腫れた顔でディーンを睨みつけた。
「ローラ・・・」
またも言葉を失うディーン。
そんなディーンの姿を見たローラの表情がふっと涙に崩れる。
そして、両手で顔を覆い、俯いて言葉を続けるローラ。
「起きたらまたひとりぼっちなのよ・・・。パパもママも友達もみんないなくなっちゃうのよっ!」
なんでなんだろう・・・なんであたし・・・こんなに意地張ってるんだろう・・・。
ホントは・・・もうそんな事ないって気付いてるハズなのに・・・。
ローラは、自分でも訳が分からなくなっていた。
周りの誰をも信じる事ができなくなっているらしい。
けれど、そんなローラに対して、ディーンはあえて優しく語りかける。
「そんなことないよ、ローラ。誰もローラを閉じ込めたりするもんか」
しかし
「だまされないもん・・・あたし・・・絶対信じないもん!」
両耳を押さえて首を横に振るローラ。
ディーンはゆっくりと腰を落として、視線の高さをローラに合わせる。
「うそじゃない。ローラは俺が信用できないか?」
ローラは、ふとその言葉に目を開いた。
「・・・・・・」
押さえていた手を離し、ローラはディーンを見る。
ディーンの表情は、とても優しく、見る者を安心させる雰囲気にあふれていた。
「お兄ちゃん・・・」
ローラの顔を覗き込むようにして、ディーンは言葉を続ける。
「・・・もし、誰かがお前を閉じ込めようとしたら・・・そのときは、俺が守ってやる」
「・・・ホント?」
「ああ、本当だよ、仲間じゃないか。だから大丈夫だ」
ディーンが微笑みながらそう言うと、ローラはようやく泣き晴らした顔で涙をぬぐい、
『ああ・・・あたしやっぱり・・・お兄ちゃんのこの笑顔には・・・敵わないや』
「・・・ありがとう、お兄ちゃん」
と言ってまたいつもの明るい笑顔に戻ってくれた。
「よし、じゃあ良くなるまでちゃんと寝てるんだぞ」
「・・・うん」
そして、ディーンはローラを寝かせると、その上に布団をかけた。

 


 

#4 告白

 

それからどれほどの時が経ったか。
病室は静か、しかし、静かな中にも、かすかに寝息の音がしていた。
ローラは眠っていた。
そしてディーンはといえば、ちゃんとベットの横にイスを置いてそこに座り、飽きることなく穏やかな表情でローラの寝顔を見つめている。
そんな中、
ガチャッ。
ドアの開く音がした。
ディーンが振り返ると、そこに居たのは・・・。
「ディーンさん」
そう言って病室に入ってきたのはディアーナ
「あ、ディアーナ。さっきはどうもありがとう。ローラを助けてくれて・・・」
ディアーナはドアを閉め、こちら側に歩いてくる。
「いいんですよ、そんなこと。・・・それに、あたしはただ先生のお手伝いをしてただけだから」
苦笑しつつディアーナはディーンの横に並んだ。
「それだけでも十分だよ」
「ふふっ・・・そういうものなんでしょうか」
そんなやりとりの後、二人はローラの寝顔を見つめていた。
すると、ディーンは「ふう」とひとつ息を吐いてから
「・・・ごめん」
と、ディーンはローラを見たまま、突然そんなことを言った。
「え? 何がですか?」
いきなり謝られたので何のことかディアーナにはさっぱり分からない。
ディアーナの視線はローラからディーンに向けられる。
「実はさっき、疑ってたんだ・・・ディアーナのこと」
ディーンの表情はどこか悲しげだった。
「・・・え?」
「・・・もしかしたら、またディアーナが失敗して、とんでもないことになるんじゃないかって・・・。たぶん焦ってたんだろうな。・・・あの人みたいに、今度はローラが俺の目の前からいなくなってしまうんじゃないかって・・・」
「『あの人』・・・って、ノイマン隊長っていう人のことですか?」
「ああ・・・、俺はあの人から全てを教わった。剣も・・・魔法も・・・生き方も全て。あの人がいたから、今の俺があったんだ。けど・・・ノイマン隊長は死んでしまった」
「・・・・・・」
「あの人に追い付くことが俺の目標だった。そして・・・ノイマン隊長みたいな人になることで、何かが得られるんじゃないかって・・・そう思ってた。バカみたいだよな・・・いつまでも過去の幻想に捕らわれているなんて」
自警団第三部隊の隊長だったカール・ノイマンは、半世紀前に起きた戦争で英雄的活躍をした存在だった。
それに、ただ強いというだけではなく、人間の本質的な優しさというものをいつも心に留めていた人でもあったようだ。
そんな人間に認められ、鍛え上げられたディーンにとって、彼の死は相当にショックな出来事だったのだろう。
ローラをあんなにもやっきになって助けようとしたのは、「大切な仲間が目の前から居なくなってしまう・・・」という意識がトラウマとなっていたからなのかもしれない。
ディアーナはディーンの問いには答えず、ローラの顔をのぞき込んだ。
「ローラちゃん、嬉しそうに寝ちゃってる」
そう言ってディアーナは微笑む。
何か良い夢でも見ているのだろうか。
ローラの寝顔は幸せに満ち溢れている。
そういえば、とディーンは思い出した。
いつものローラの寝顔といえば、どこか寂しさを含んでいることが大半だった、と。
例えば、そう、普段見せまいとしていた不安がこぼれてしまったかのように。
それが今では、これほどまでに幸せそうな優しい表情になっている。
ディーンはそれに気付くと、胸が締め付けられるような気持ちにならないではいられなかった。
「・・・そうだね」
ディーンがそう悲しげに微笑むと、ディアーナはゆっくりと言葉を繋いだ。
「・・・ディーンさん、あなたがそうであるように、ローラちゃんも「ひとりぼっち」という心の傷を負ってるんです。過去の幻想を捨てろなんて言いません。それに・・・あたしはそれが過去の幻想だなんて思いません。だって、目標とする人が居るってことは、すごく良いことじゃないですか。あたしも先生みたいな凄いお医者さんになって、たくさんの人を助けたい・・・そう思う時ってあるんです」
「・・・・」
ディアーナは静かにディーンの方に向き直る。
「だから・・・ディーンさん。貴方がノイマンさんみたいな人になろうとするのはかまいません。でも、それはローラちゃんの心の傷が癒えてからでもいいんじゃないでしょうか?」
ディアーナ・・・」
ディーンは思わずハッとした表情でディアーナを見つめる。
「それに、先生言ってました・・・。ローラちゃんの病気が再発したのは、精神的なプレッシャーが頂点に達したからじゃないか・・・って。あたしから見て、あなたは最近心無しか何かに焦っているように思えるんです。ローラちゃんがあなたのこと「お兄ちゃん」と呼ぶ意味・・・もう一度考えてみてください。そうやって考えていくと、ローラちゃんの心の傷を癒せるのはディーンさん・・・あなただけなんですから」
確かに、焦ってた・・・早くあの人の後継者に相応しい人間になろうと焦って、周りが・・・ローラの不安の事さえも・・・見えてなかったのかもしれない・・・。
「・・・・」
ディーンが再びローラの寝顔を見つめた時
「おい、ディアーナ。そろそろ時間だぞ」
そう言ってトーヤがドアを開け、ディアーナを呼んだ。
「あ、はい!」
すぐさま振り向くディアーナ
「遅れるなよ」
ディアーナが返事をするとトーヤはそれだけ言って去っていった。
「あれ? ディアーナ、君、これからどこか出かけるのかい?」
意外そうな顔で見上げるディーン。
「ええ、これから先生と一緒に往診に回るんです。」
笑顔で答えるディアーナ
「そっか、頑張りなよ」
微笑むディーン。
「はい、バリバリ勉強してきますからね~っ!」
両手をギュッと握ってやる気を表現するディアーナ
「ははは。ま、ドジらないようにだけは注意してね」
それを見て思わず笑ってしまうディーン。
「も~っ、ディーンさんのいじわる!」
ふくれっ面をするディアーナ
「ごめんごめん」
そう言って両手を合わせて苦笑しながら謝るディーンを見てディアーナは微笑んだ。
「ふふっ・・・じゃあ行ってきま~す!」
そう言ってドアの方へと駆けて行くディアーナの後ろ姿は、とても生き生きとしていて、まるで輝いているように見えた。
ガチャッ・・・。
と、ドアノブに手を掛けたところで立ち止まって神妙な顔で振り返り、
「ローラちゃんのこと、お願いしますね」
と言った。
「ああ、わかってる」
そうディーンが答えると、ディアーナは一瞬安心の笑みをこぼし、そして再びドアの外へと駆け出して行く。
ひとりになった所でディーンは、ふとこんな事をつぶやきはじめる。
「・・・ありがとう、ディアーナ。俺に、忘れかけた大切なことを思いさせてくれて・・・」
「すー・・・すー・・・」
ディーンは再び、穏やかな寝息をたてているローラを見つめた。
「・・・そうだ。そうだったんだよな・・・ローラはいつもひとりぼっちだったんだ。いつもは明るくふるまっているように見えていたけど、時々わがまま言ったり寂しそうにもしてた・・・。」
そう言うとディーンは、眠っているローラの前髪をやさしく撫でた。
すると・・・
「・・・お兄ちゃん・・・」
くすぐったさからか、寝言でそんな事を言うローラ。
その言葉に、ディーンはふっと優しい笑みを浮かべ
「俺を「お兄ちゃん」なんて呼ぶのも、そんな寂しさからだったんだよな。・・・ごめんな、ローラ。気付いてやれなくて・・・いつもいつも邪魔扱いばっかりして・・・お前の気持なんて全然考えてなかった。ほんとにごめんな、ローラ・・・。もう、ひとりぼっちになんかしないよ」
と言ってみたまでは良かったのだけれど・・・。
「えへへ・・・お兄ちゃん、ありがとう・・・」
そう言ってローラが照れ笑いを浮かべながら目を開けた。
「って、うわぁ!? お前起きてたのか!?」
いきなりのことに驚き、ディーンは思わず後ろにのけぞる。
「あっ・・・お兄ちゃん!」
そしてそのまま、ローラが声をかける間も無く、のけぞりすぎてドンガラガッシャーンとイスから転げ落ちてしまうディーンだった。
「う~・・・いててて」
ディーンは目に涙を浮かべて腰をさする。
「・・・ぷっ」
そんなディーンの姿に、ローラは思わず吹き出してしまう。
「えーと・・・どの辺から聞いてた?」
「え・・・? それは・・・『・・・そうだ。そうだったんだよな』の所から」
しどろもどろで言うローラ。
「う、嘘寝してたのか・・・」
なんということだろう。
どうやらローラは起きていたようだ。
ディーンは、ふと自分の言った、ローラがもう寝たものと思って言った言葉を思い返してみると、さすがに恥ずかしい事を言ってしまったものだと気付き、案の定顔を真っ赤にしてしまうのだった。
それはどうやらローラも同じ様だが、ローラの方はちょっと違う。
真っ赤になりながら恥ずかしさから布団で顔を半分隠してはいるが、表情は嬉しそうだ。
自分の事をそこまで考えてくれていた、ということが嬉しかったのだろう。
慌てふためいているディーンを見る目には優しさがあふれている。
そして、上半身を起こしたローラはこう言った。
「・・・ありがとう」
「・・・え?」
ディーンは突然声をかけられたため、頭の後ろをかくポーズのままで固まっていた。
その様子を見たローラは、またもプッと吹き出してしまう。
ディーンは
「ははは・・・」
と汗ダラダラ。
再びローラは優しい表情に戻って言葉を続ける。
「あたし・・・今までずっとひとりぼっちだと思ってた。昔仲が良かった友達も、パパやママも、みんな死んじゃってたから・・・。だけど、今考えてみれば、あたしの周りにはあたしに良くしてくれる人がいっぱい居る・・・」
そして彼女は胸に手を当てて言葉を続ける。
「そういう人達のおかげで今あたしはここに存在することができてるんだって・・・そう思える。さっきのお兄ちゃんの言葉で、そう気付いたの。あたしは、本当はもうひとりぼっちなんかじゃなかったんだ・・・って・・・」
ディーンはローラの言葉に照れた様子で頭をかくばかりだ。
ローラはそう言った後、顔を窓の方へと向ける。
窓の外では、5~6歳くらいの幼い子供達が、かけっこをしたり、かくれんぼをしたり、はしゃぎあいながら遊んでいた。
すると、その中のひとりの男の子がローラと目が合った。
ローラはにこやかに笑いながら手を振る。
男の子は他の子供達に何事か言葉を発し、そして・・・
「あーっ! ローラお姉ちゃんだー!」
すると次々に
「ホントだー!」
「ローラお姉ちゃーん!」
などなどの言葉が飛んでくる。
それだけではなく、みんなこちらの方へと駆けて来た。
ベッドは窓際だったこともあり、ローラはそれに合わせるように、窓を開けて出迎える。
「お姉ちゃ~ん、遊んでよ~」
そうすると、ひとりの女の子がねだってくる。
しかし、ローラはにこやかに答えた。
「ごめんなさいね。今あたし入院中なのよ~」
「にゅういん?」
男の子が不思議そうな顔をする。
それに対し、ローラが
「そうなの」
と言うと
「お姉ちゃん病気なの!?」
「かわいそう~」
「治らないのかな・・・」
ローラの言葉を聞いた子供達は不安がり始めた。
「大丈夫よ、大丈夫!! もうなんともないんだから!」
慌てたローラだったが、そこは元気のガッツポーズで元気さを表す。
「そうなの?」
「なら良かった~」
「変な病気じゃなかったんだ・・・」
そんな子供たちの様子にローラは、ふふっと笑みを漏らす。
ディーンはそんなやり取りを見ていると、ふとこんな事が頭に浮かんでくる。
将来なるとしたら・・・ローラには、保母さんが似合うのかもしれない。
そして、
「そういうわけだから、残念だけど、今日はあなたたちだけで遊んでね。ごめんね」
すまなそうな顔で言うローラだったが、
「うん、わかった!」
「早く退院してね、ローラお姉ちゃん!」
「花冠の作り方、今度教えてね!」
子供達は、そういう事なら別に気にしない、という風な感じで無邪気に笑う。
「ええ、約束するわ」
つられるように微笑み返すローラ。
「約束だよ~!」
「じゃあね~!」
「きっとだよ~!」
そう言って、子供達は次の遊び場へと駆けて行く。
そうして消えてゆく後姿を見届ける二人。
しばらくしてから、顔をこちらに向けずにローラはこう言った。
「・・・ねえ、お兄ちゃん」
「・・・ん? なんだい、ローラ」
「あたし、今回の事でもうひとつ分かった事があるの」
「分かった事?」
「あたしね・・・あたしは・・・」
よく見ると、ローラの肩が震えていることにディーンは気付く。
突然どうしたのかと気になり、思わず
「ローラ?」
と、ディーンは声をかける。
「あたしは・・・」
そしてローラは振り向くと、
「・・・あたしは、お兄ちゃんが好き!」
目に涙を浮かべながらそう言った。
ディーンは、一瞬何の事か分からず混乱するが、すぐに驚いた表情になる。
「はっきりしたの・・・あたしはお兄ちゃんが好き。友達とかじゃなくて、一人の男の人として・・・」
これは・・・告白!?
ディーンはローラにそんな事を言われるとは思ってもみなかったため、どう答えていいか分からず戸惑ってしまう。
なぜならディーンはそれまでローラの事を、大切な仲間であり可愛い妹分でもあるという意識でしか見たことが無かったからだろう。
しかし今は、何かは分かりませんがその意識の中のどこかが違ってきていることも確かで・・・。
「なんで・・・俺なんか?」
頬をポリポリ。
「だって、あたしのことをこんなにも大切に思ってくれてるんだもの」
「それは、ローラが大切な仲間だから・・・」
「うん。仲間思いで、優しくて・・・仕事も真面目で・・・いつも一生懸命で、しっかりと前を見つめてる・・・そんなお兄ちゃんだから、だからあたしはそんなお兄ちゃんが好き・・・大好き!!」
窓から差し込む光の中で、そう言ってにっこりと微笑むローラの姿は、とても力強く、生きる力に満ち溢れていた。
その姿を見たディーンは、それまで分からなかった自分の中の気持ちの変化にようやく気付く事ができたようだった。
ああ、そうか・・・この子はいくつもの悩みや戸惑いを、そして過去に置いてきてしまったものに対する悲しみを懸命に乗り越えて生きていこうとしているんだ。
その身に託された幾つもの願いを、一心に受け止めて・・・。
今やっと分かった。
俺は・・・この光を・・・ローラのこの笑顔を、ずっと守っていきたい。
ローラに願いを託した百年前の人達のためにも・・・。
悲しみに消えることのないように。
決して涙で絶える事の無いように・・・。
そう考えるディーンの表情は、以前よりずっと優しくなっていた。
「俺もだよ・・・」
「え?」
「今やっと気付いたんだ。俺・・・ローラの事を、ずっと守ってあげたくなった」
その言葉を聞いたローラの表情が、嬉し涙で次第に崩れていく。
そして、最後にはディーンに抱きついてしまうローラ。
「ホント・・・? ホントに?」
涙で声を潤ませるローラを、ディーンはしっかりと抱きしめ返す。
「ああ、本当だよ」
「うれしい・・・あたし、お兄ちゃんがずっと側に居てくれるなら、もう他に何もいらないよ・・・」
「ははは、それはちょっと言い過ぎかもしれないな」
「だって、そのぐらい嬉しいんだもん・・・」
「そっか・・・そうだな。じゃあ、俺も言わせてもらうよ」
「え・・・?」
「二人、生まれた年月は違えど、死ぬときは同じ日、同じ場所を願う」
「え、それって・・・?」
顔を上げて怪訝な表情をするローラ。
「名著の言葉さ、良い言葉だろ?」
そんなローラに対し、ウインクをするディーン。
ローラはポカンとして・・・。
「お兄ちゃん・・・もしかして、意識高い系?」
ディーンは、これはやらかしたかという感じで頭を搔いていた。

 


 

#5 託されて

 

穏やかな春の日、桜の花が散っていく。
その日、ジョートショップの青年は自警団事務所を訪れた。
「やあ、ダイチくん。今日旅立つんだって?」
「ああ、ディーン、お前に言っておきたい事があって」
「そっか……」
「ローラのこと、頼むよ。俺は傍に居てやれないから」
「でも、また帰ってくるんだろ?」
「マリアと約束したんだ、大人になるのを見届けるって」
「なるほどね……了解したよ」
「ありがとう。それともう一つ」
「ん?」
「ローラを泣かせるような真似だけはするなって釘刺しておいてやるよ」
「おいおい、君に言われるまでもないけどね!」
そう言って笑う二人の表情には、共に晴れやかなものがあった。

 

旅立つ人を見送ってあれからどれだけ経っただろう。
川のせせらぎが聞こえる。
エンフィールドに流れる大きな川、ムーンリバーの芝生に寝転び空を見上げる。
ふと聞こえてきたのは、馴染みの少女の声。
「やっほー、お兄ちゃん!」
その声に、ディーンはゆっくりと起き上がって土手の上の方に目を向ける。
「あれ?ローラ」
土手から駆け下りてきたローラは一直線にディーンの胸に飛び込んでくる。
「おにーいちゃん!」
「うわっぁ!?」
勢いにこらえきれず再び草むらに倒れこむディーン。
そのついでに、どうやらしたたかに頭を打ちつけてしまったようだ。
「あいてててて・・・」
ディーンは頭を押さえる。
「あ、大丈夫お兄ちゃん!?」
ローラはさすがに慌ててしまう。
「・・・いや、油断してたこっちが悪いんだよ。ローラが走ってきたときはいつも抱きつき、ってのはもう慣れっこのハズだったんだし。・・・それより、はやくどいてくれると嬉しいな」
ディーンはちょっと目を逸らしげに言う。
「あっ!? ごめん・・・なさい」
ローラもその様子からハッと気付き、顔を赤く染めてディーンの上から飛び退く。
「よっこらせ」
立ち上がったディーンは、ポンポンと服に付いた土をはたく。
ローラはその横でモジモジとしている。
ディーンはその様子に
(やっぱりローラも年頃の女の子なんだな。)
と思ってふっと微笑む。
「ところでローラ、さっきトリーシャとマリアと一緒に歩いてたみたいだけど、いいの?」
ディーンはローラを気遣ってか、話題を変える。
「ええ、もちろん! 二人とも見送ってくれたわ」
ローラはいつも通りの元気な様子でそれに答える。
「へー、かしまし娘も空気読むんだね」
「あ、お兄ちゃん、もしかして二人に興味あるの? ダメダメ、お兄ちゃんにはあたしがいるんだから」
「はいはい、分かってますよ・・・って、なんでそうなる!?」
またもやこれもいつも通りのテンションに、思わず突っ込まずにはいられないディーン。
「そんなことより、ねえお兄ちゃん」
「ん?」
「今日、どうせ暇なんでしょ?日曜日なんだから」
「ああ、・・・まあ、そうだけど?」
「じゃあ、これからお花屋さんにつれってよ」
「花屋? 誰かに花束でもプレゼントするの?」
「もう、お兄ちゃんたらわかってないなあ。球根よ、きゅうこん」
「求婚!? お前なぁ・・・そういうことはまだ早いんじゃないのか?」
ディーンは呆れた様子で、ローラに説教を始めようとする。
「だーかーらっ!! お花屋さんに球根を買いに行くの!!」
さすがにディーンの鈍感さもここまで来ると馬鹿としか言い様がないので、ローラは案の定切れてしまう。
「ああ、そうか、そっちの球根か。ごめんごめん」
すまなさそうな表情で謝るディーン。
「もう・・・」
その素直な表情のおかげでローラの怒りはスーッと冷めてゆき、苦笑いになるのだった。
すると、ディーンはにっこり笑って
「よし。じゃあ、行こうか!」
ローラもにっこりと笑い
「うん!」
二人は並んで歩き出す。

 


 

#6 再会

 

「しっかし、この間まで「大人の恋愛」だの「燃えるような恋」だのって騒いでたのに、ローラ最近は全然そんな話ししないよなぁ」
「だって、無理して意地張らなくったって、大切なモノはすぐ側にあるもん・・・」
「え?」
あっけに取られた様な表情をするディーンに対し、ローラは笑顔でディーンの方に振り向く。
「って、そう、お兄ちゃんが教えてくれたでしょ?」
「そうだっけかな・・・」
「うん・・・そうだよ」
ローラは、そう言うと微笑んでうつむく。
「そっか、確かにそうだったな・・・」
ディーンはそう言って苦笑し、頭の後ろを掻く。
と、そこでディーンは見覚えのある人影に気付いた。
「あれは……ランディ」
「え……?」
「ローラ、すまないけど、ここで待っていてくれ」
急に表情が険しくなったディーンに、不安そうな表情をするローラ。
「うん……」
ランディ・ウエストウッド、いつかのエンフィールドに大量のよそ者を連れてきたボウガンの男だ。
まだこの街に居たのか・・・?
「おい、ランディだな?」
ディーンは恐る恐る声をかける。
「そうだが、なんだ小僧?」
「お前を逃す訳にはいかない」
依頼人はお前が捕まえただろう。もうこの街に用は無え、これから出ていく所さ」
ディーンは自分の武器に手を掛ける。
「やろうってのか……下らねえな」
そう言いつつランディもボウガンに手を掛ける。

 

形勢はディーンの不利だった。
ボロボロにやられて、へたり込み、ボウガンを頭に向けられる。
「終わりだ……小僧」
ノイマン隊長のためにも、ローラのためにも、ここで死ぬわけにはいかないんだ!」
すると、すぐ近くからローラの声が聞こえた。
「ティンクルキュア!!」
ローラの唱えた回復魔法がディーンの傷を癒す。
神聖魔法としては初歩的なものだが、今のディーンには心強かった。
ディーンは吼えてランディに立ち向かっていく。
「ランディ!!」
しかし、一歩及ばず、攻撃は防がれた。
「小娘か……興が削がれたな、あばよ」
「待て、ランディ!」
「この街にもう用は無えんだよ。お前とも、もう二度と会う事はねえだろうな……」
「くっ……」
再びへたり込むディーン。
「お兄ちゃん!!」
そこへローラが駆け寄ってくる。
「大丈夫!?」
「ああ、何とかね……。それよりローラ、さっきの魔法、ありがとう。助かったよ」
「ううん、いいの。お兄ちゃんが無事で良かった……」
「でもこれで、まだまだ戦時の英雄には遠く及ばないって事がよく分かったよ」
項垂れつつも、表情は何処か晴れやかなディーンだった。

 


 

#7 きっとこの空のどこかで

 

結局その日は予定を変更してクラウド医院へ行く事になった。
「いつかと立場が逆になったな……」
「……ねえ、お兄ちゃん」
ローラがうつむいたまま静かに口を開く。
「ん?」
ローラは顔を上げて空を見上げると、
「もう……あたし、ひとりぼっちじゃないよね」
ディーンは、その言葉に今までのローラの姿が頭の中に浮かんでくるようだった。
確かに、ひとりぼっちでローラは悲しんでいた時もあった。
しかし、友情や絆といったものを取り戻せた今のローラは、もうひとりぼっちではないだろう。
そんな考えがふっと頭によぎったおかげか、ディーンはとても穏やかな表情でこう言う事が出来た。
「ああ・・・そうだな。今は俺も居るし、今の新しい友達も居る。失くしたものは色々あるけど、またこれから取り戻していける。それに、失ったものは・・・また作ればいい。それだけのことだよ。思い出も、未来も。ローラが悲しみや辛さをものともせずに、いつも思いきりの笑顔でいられる限り、それは作り続けていくことが出来るんだ。だからもう、ローラはひとりぼっちじゃないよ」
そう言ってからディーンも空を見上げ、
「ローラのお父さんやお母さん、それに昔親しかった友達たちも、きっとこの空のどこかで見守っていてくれるさ」
と言ったのだった。
「お兄ちゃん……」
ローラは、一瞬拍子抜けした様な表情でディーンを見つめる。
その視線に気付いたのか、ディーンはローラの方に顔を向けると、
「なーんてな、ちょっとカッコつけ過ぎたかな」
と言って、少し恥ずかしそうな仕草をする。
しかしローラは、ディーンの言葉をしっかりと受け止めた様子で、すぐに微笑むと
「ありがとう! お兄ちゃん!」
と、嬉しそうな表情で元気に頷いたのだった。