【なかの まるさんから】ガトーショコラ
都会の浮島に位置する私立虹ヶ咲学園。 さまざまな分野におけるスペシャリストを何人も排出する、この辺りでは一番の進学校で、偏差値もかなり高いとされている。 だがその一方で自由な校風でも知られており、服装や髪型なども割と自由だ。 流石に制服着用が義務付けられているのだが。
海辺の公園に、そんな学校の生徒らしき三人の男女が居た。彼らは虹ヶ咲学園の高等部の生徒と思われるブレザー姿の学生服を着用している。一人目は男子学生服を着用した、黒髪短髪の少年。二人目もまた同じく、女子学生服の少女。ライトピンクのミディアムヘアをハーフアップにし、右サイドを三つ編みお団子でまとめている。そして最後の一人は、女子学生服を着用したアッシュカラーの髪色で前下ろしボブカットの少女だ。ライトピンクの彼女はどこか不安げな表情を浮かべながら、目の前に立つ二人の人物を見つめていた。
「えーと、それじゃ、こう、でいいのかな……?」
最初にそう言ったのは、少女ではなくブレザーを着た少年だった。その言葉を受けて、アッシュカラーの少女は軽く深呼吸をして口を開く。
「ヤッホー! みんなのアイドル、かすみんだよー♪ かすみん~虹ヶ咲スクールアイドルの部長になったんだけど~、そんな大役が務まるかとっても不安~。で~も~♪ 応援してくれるみんなのために~、日本一可愛いスクールアイドル目指して、がんばるよ♪」
底抜けに陽気な調子でスマートフォンのカメラに向かって可愛いポーズを取る彼女―――中須かすみ。
「うぅ……」
その様子を見て、思わず顔を赤らめる少年―――紀ノ本 祐(きのもと ゆう)。
「あはっ♪ ありがとうございます~先輩~♪」
スマホの画面越しに笑顔を見せるかすみ。
「……ええ、今ので、いいの?」
相変わらずライトピンクの彼女―――上原歩夢は怪訝そうにしている。
「はい。それでバッチリです!」
「えぇ~? 本当に大丈夫かなぁ……」
「だいじょぶだいじょぶ♪ かすみんに任せてください!」
自信満々に言い切るかすみを見て、祐は困ったように頭を掻く。そして数秒の後、彼は意を決したかのように言った。
「じゃあ……次は、歩夢、お願いするよ」
「うん……わかった」
祐の言葉を受けて、歩夢がぎこちなく微笑む。
「あ、あゆぴょんだ~」
かすみが目を輝かせて言う。
「ふふん、どうですか? かすみんの考えた『あゆぴょん』」
「ごめん、やっぱり普通にやってもらってもいいかな」
「なんでですか!?」
「かすみちゃん、ちょっとふざけ過ぎだよ」
「ぐぬぬ」
不満げに頬を膨らませるかすみ。
「だって、これって私たちのスクールアイドル活動のための動画なんだよね……?」
申し訳なさそうな表情を浮かべ、かすみに尋ねる歩夢。
「それは、まあ、はい」
「だったら、もっとこう、誠実さとかアピールしていかないとダメだと思うんだ」
「うーん、でも、この方がかわいいと思いませんか?」
「そういう問題じゃないと思うんだけどなぁ」
苦笑いする歩夢。
「そんな事言ってると、せっかくかすみんが考えてあげたアイデアなのに台無しですよ」
「……それなら、かすみちゃんのアイデアも見せてくれる?」
「……わかりました」
かすみが渋々といった様子で、カバンから何かを取り出す。
「これは?」
「かすみんの考えた、かすみんのかわいさを最大限に引き出す企画書です」
「へ、へぇ……」
かすみがドヤ顔で胸を張る。
「じゃあ、見てみようか」
「はい」
かすみが企画書を読み上げていく。
「まずはですね、ここで『かすみんのかわいさをみんなに知ってもらうため、歌います!』と言って、かすみんのかわいさに視聴者さんたちが悶絶するんです!」
「なるほどね」
「そして、次は、かすみん特製のお団子を頭に乗せて踊ります! え? なんでお団子なのかって?」
「うん」
「それはですね、かすみんのかわいさが最大限に発揮されるからなんですよぉ」
「そ、そう」
「それで、最後はかすみんのかわいさに感動した皆さんが号泣します」
「……ねえ、かすみちゃん、もしかして私の事、バカにしてる……?」
「いえ、全然」
「絶対ウソだよね!?︎」
「……」
かすみが目を逸らす。
「ごめんなさい、正直ちょっとだけ思いました」
「やっぱり!!︎」
「でも、かすみんがかわいいことに変わりはないですよねー」
「うーん……まぁ、確かに、かすみちゃんの可愛いさには憧れるけど」
「ならいいじゃないですか」
「そういう問題かなぁ」
「そうだ! バレンタインも近いですし、歩夢先輩、一緒にチョコレートを作る配信、しませんか⁈」
「え、一緒に?」
「はい、歩夢先輩、お菓子作り得意ですよね~♪」
「そんなことないよ」
「またまた〜」
「かすみちゃんだって上手じゃん」
「かすみんは普通ですよ〜。それに比べて歩夢先輩は女子力高いから、きっとおいしいチョコができると思いますぅ」
「女子力なんて、私にはよくわからないよ」
落ち込む様子を見かねた祐が口を開いた。
「あのさ、歩夢。俺が言うのも変だけど、歩夢の作る料理とか、すごく美味しいと思う」
「本当⁈︎」
「うん」
「嬉しいな……。あ、ありがとう」
歩夢は照れるようにはにかんで言う。
「ウチの実家って和菓子屋だからさ、歩夢の作る洋菓子、食べてみたいな」
祐は今は一人暮らしではあるが、実家は老舗の和菓子屋であるらしい。
「じゃあ、今度持ってくるねっ」
「楽しみにしてる」
「先輩、かすみんのチョコも、楽しみにしてて下さいね〜」
「うん、もちろん」
「やった〜♡」
喜ぶかすみを見て、祐も笑みを浮かべる。
後日、かすみと歩夢は材料を調達し、歩夢の家でチョコレートを作る配信をしたようだ。
「よし、早速始めようか」
「そうですね。まずは何を作りますか?」
「やっぱり、簡単なものから始めた方がいいよね」
「そうですね。材料も少ないですし」
「うーん、でも、あんまり難しいものは作れないな」
「では、初心者向けのレシピを紹介しましょうか? 例えば、ガトーショコラとか?」
「あ、いいかも!」
歩夢がスマホで検索して、二人は材料を並べていく。
「えっと、卵黄2個に対して板チョコ50g、バター40g、これがAのグループ。薄力粉15g、ココアパウダー30g、これがBのグループ。あとは砂糖40gを2回分、生クリーム20ml、卵白が……」
「結構細かいんですね」
かすみは顎に手を当てて言う。
「うん、お菓子作りは化学実験だっていうから、ちゃんとしないとね」
歩夢が慣れた様子で準備し、かすみも隣でそれを手伝う。歩夢がボウルに入れた卵黄を泡立て器で混ぜ、グラニュー糖を入れ、白っぽくなるまで攪拌していく。かすみは、板チョコを刻み、バターと合わせて湯煎にかける。二人は息の合った様子で作業をこなしていき、やがて……。
「これでちゃんと焼ければ、完成かな?」
「思ったより簡単でしたね」
「うん、ちょっと拍子抜け」
オーブンの中で焼けるシンプルなガトーショコラを覗き込みながら、感想を言い合う。
「初めてにしてはかなり上々な仕上がりだね」
歩夢の笑顔につられて、かすみも笑う。
「ふっふっふ、このかすみんが補佐しているのですから当然です!」
二人で作った初めてのガトーショコラは、大成功だった。動画配信についたコメントを見ながらかすみは言う。
「いい感じですねー。かすみんの可愛さがみんなに伝わってるみたいですよ」
「うん、そうだといいな」
「歩夢先輩にも可愛いってコメント付いてますよ!」
「そう?ありがとう」
かすみの言葉に、歩夢も嬉しそうな顔を見せる。
「でも、かすみんの方がもっと可愛いんですよ」
「あはは」
かすみがドヤ顔をして、それに歩夢が苦笑する。これでバレンタインデーのチョコは完成したが、歩夢にはひとつ気がかりがあった。
「ねえ、かすみちゃん」
「なんですか、歩夢先輩?」
「抜け駆けはやめようね」
「…………」
歩夢の一言に、かすみの表情が固まる。そしてかすみの額からは冷や汗が流れ出した。
「な、何を言っているんですかぁ〜! かすみんがそんな事する訳ないじゃないですかぁ~」
かすみが動揺しながら反論するが、その声は明らかに震えていた。
「そっか、かすみんならやりかねないと思ったんだけどな」
「ぐぬぅ……」
かすみの頬が引きつる。
「ち、違いますよぉ。かすみんがそんなことするわけがないでしょう」
「本当にぃ~?」
「本当ですとも。むしろかすみんが祐先輩に告白されたいくらいなんですけど」
「へぇ、じゃあ私が先に告白しちゃおうかなあ?」
「えっ⁈」
「私ね、祐くんは私だけの祐くんでいてほしいんだ。だからもう私のものにしちゃってもいいよね……」
「嫌です……私も祐先輩の事が好きですから!」
「そうなんだ……。それなら、私はどうすればいいの?」
「歩夢先輩こそ、どうやってこのかすみんを出し抜くつもりなんですか?」
「それは内緒だよ。でも、かすみんには負けたくないから」
「望むところですよ。かすみんだって譲れませんから。だって、祐先輩の一番はこのかすみんですから」
「それはどうかなぁ〜。かすみちゃんより私の方がいいと思うけどな〜」
「じゃあ、勝負しましょう。かすみんと歩夢先輩、どちらが本当の愛を持っているのか」
「わかった、受けて立つよ」
この勝負、結果的に中須かすみの勝利であった。
そして、2月14日のバレンタイン当日。
朝から、学園内は浮ついた雰囲気に包まれていた。 男子生徒達はどこかそわそわし、女子生徒達もまたどこか落ち着きがない。そんな中、祐だけはいつも通りであった。登校してきた彼は鞄から教科書を取り出すと、予習を始める。だが、それもすぐに終わり、再びボーッと窓の外を見つめ始めた。
(今日は平和だなぁ……)
チョコ作りの動画配信が行われて以来、祐の身の回りは騒がしかった。事あるごとにかすみと歩夢の二人から思いを打ち明けられ、その都度告白を退けてきた。祐にとって、かすみと歩夢は同じスクールアイドル同好会の大切な仲間だ。しかし、今の二人は互いに牽制し合い、どちらがより祐に好かれるか競っていた。どちらか片方の気持ちを受け入れることは、二人への裏切りになってしまう。そういえば、今日は自宅を出てから幼馴染の歩夢とは会っていない。なので、おそらく今日はチョコレートは渡されないのだろう。そう思っていたのだが。
昼休みになり、かすみから小さな箱を手渡された。
「先輩♪ はい、どうぞ」
「ありがとう。開けても大丈夫かな」
「いいですよ~♪」
許可を得たので、早速箱を開ける。中にはハート形のガトーショコラが入っていた。
「おお、これがあの動画配信で作ってたやつだね」
「違いますよ」
「えっ?」
「それは、新しくかすみんが一人で作った物です!」
かすみは顔を赤らめながらも胸を張って答え、ドヤ顔を決める。
「そうなんだ……」
「かすみん、頑張っちゃいました」
「うん、美味しそうだよ」
「えへへ、食べてください」
かすみに促され、フォークを手に取る。そのまま一口サイズに切り分け、口の中へと運ぶ。
「うん、甘めでコーヒーに合いそうな味だね」
「ホントですか? 良かったぁ」
そう言ったあと、かすみは小悪魔的な笑みを浮かべながら、祐の耳元でささやいた。
「コーヒーついでに、今日、先輩の家に泊まりに行ってもいいですか……?」
「……!?︎」
「かすみん、もっと先輩と一緒に居たいんです」
「そ、それなら、親御さんに許可を取ってきなさい」
「はーい! 今すぐ取って来まーす」
「あ、ちょ」
(行っちゃった……。これはまずいな)
かすみが去って行った後、祐は困っていた。年頃の男子なので、直接かすみに触れてしまったらと思うと気が気でなかったのだ。それに加え、かすみの方から家に泊まると言われたことで、悶々とした午後を過ごすことになった。
(かすみちゃんを傷つけないようにしないと……)
しかし、かすみの誘惑に負けてしまうかもしれない。そんな不安も感じていた。
夕暮れ時、辺りは茜色に染まりつつあった。
「上がっていいよ」
祐の家の前で、かすみは緊張していた。好きな人の家に初めて上がるという事と、初めて二人きりになるという事で。心臓がドキドキして、口から飛び出してきそうだった。かすみは自分の気持ちを伝えるために、勇気を振り絞ってやって来た。今度こそ告白は成功するだろうか。この想い、受け入れてくれるのだろうか。期待に胸を膨らませつつ、玄関を開ける。
「お邪魔します」
―――――――――――――――――――――
なかの まるさんにSkeb依頼した『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』より中須かすみと上原歩夢のイラストでした!
ありがとうございました!